第7話 そこそこ狭い密室に元カノと2人で閉じ込められた時の対処法

 悪い予感というものは基本当たるものだ。良い予感は全く当たらないのに。

 俺と華奈、2人で備品倉庫に閉じ込められた。何故よりによって華奈と閉じ込められなければならないんだ。蓮ならばまだ遠慮もしなくて良いのに、華奈となると勝手が違ってくる。


「……どうする」

「どうするって言われても、外から開けてもらうしかないんじゃない?」

「誰かに連絡してくれ」

「お、おっけー」


 そう言うと華奈は、すぐにスマホを取り出してクラスメイトの誰かに連絡をしてくれた。

 なによりこんなところに2人きりでいるなんて、碌なことが起きないに決まっている。

 取り合えず真っ暗なので電気をつける。しかし、電灯の電気が弱すぎて本当に気持ち程度の明るさだ。

 それでも、華奈のことを認識はできる明るさなのでまだいい。


「……うん、連絡したよ」

「ありがと」

(近くね?)


 備品倉庫の中にある机に腰を掛ける俺の横に華奈も腰掛ける。それも肩が引っ付く暗い近くに。

 離れようとするが机の範囲のせいで離れるに離れられない。距離感のせいで、少し心臓がうるさくなってくる。


「ねぇ、悠真」

「ん」

「リレー、ほんとにアンカーやるの?」

「……まぁ蓮がやる気ねえし、勝負に勝っちまったし」

「めんどくさいなら負ければよかったんじゃない? いくらでも手抜きできるでしょ?」


 勝負に勝った。相手にもならなかったが、負けるフリをするのは簡単だし華奈の言うように手を抜けばよかった話だ。

 ただ異様に負けたくないと思った。

 俺を馬鹿にする奴らは、大抵昔の俺を知らない奴ら。華奈と付き合ってたことを知らなくて、華奈が俺に近づいていることに猜疑心を抱いている奴ら。

 心の奥底では多分それが嫌なんだ。事情も知らないで疑って、俺を嫌う奴らが。


「……」

「まっ、悠真負けず嫌いだもんねっ」 

「そういうわけじゃ」

「そゆとこ、好きだよ」


 華奈は平然と「好き」と口にする。ウジウジしてて未練がましい俺を嘲笑うみたいに。俺の本当の心中を見抜いてるように、微笑んでいるその目に、何が写っているのかは定かではない。今の俺なのか、昔の俺なのか。

 そもそも華奈が好きなのは、一年前の天崎悠真であって今の天崎悠真では無いのかもしれない。


「……そうか」

「そして悠真も〜? 私が〜?」

「嫌いでは無い」

「ふん。まぁ良しとしよう」


 俺はそんな簡単に「好き」とは言えない。華奈相手なら尚のことだ。ただ何も言わないのも違うと思った。だから「嫌いでは無い」と言った。

 ふと横目で華奈を見てみると、頬が紅潮していて、唇を結んで少し俯いていた。なんか変な感じだ。


「……私、なんかここから出たく無い」

「何でだよ」


 そう聞いた瞬間、華奈が自分の頭を俺の肩に乗せてきた。フワッとシャンプーの匂いが鼻を撫でて、少し癖毛な髪の毛の感触でくすぐったい感覚が襲ってくる。同時に心の底にある消し去れない熱い感情が、また沸騰してくる。

 俺の問いに、華奈は真っ直ぐ答えた。


「悠真と、二人きりだから」

「……そうか」


 心臓が大きく跳ねる。顔に熱が集中して行くのが、感覚として伝わってくる。

 心の底にある華奈への残留する好意が、沸騰してどんどん熱くなる。まるで、俺を華奈へ無理やり振り向かせるように。逃げ続けたいという俺の理想を、それは建前だろうと言いたいように。


「好きだよ……悠真」

「……」

「ほんとに好きなんだよ?」

「ああ」


 鼓動が耳に響く。肩に置かれている華奈の頭にもこの音が響いていそうで、怖くなってくる。

 伝わったら、まだ好きということが伝わったら華奈はどうするんだ。

 笑うのか、驚くのか、泣くのか。分からないけれど、多分分かりたく無いんだろう。

 踏み込むのが怖い。かと言って逃げる勇気も無い。中途半端な距離感で接しているからこんなことになってしまう。


「まだかな?」

「……さぁな」


 静寂が逆に、互いの鼓動をより鮮明にしてくる。

 何故だろうか。まだ助けに来るなと思ってしまう自分がいる。まだ二人きりでいたいと思っている自分がいる。

 ただそんな願いは叶わない。カチャッと鍵が空いた音がして、重いドアを両手で開ける金髪の姿が見えた。


「や、二人とも。備品倉庫で何やってるんだい?」

「え!? 蓮!? なんで!?」

「なんか二人が困ってそうだな〜って思って。多分ここだろーなって」


 助けに来たのは蓮だった。華奈が驚いてる様子から見て、連絡したのは蓮じゃ無かったのが分かる。

 どうやら相変わらずの察しの良さで、連絡無しで助けに来てくれたらしい。


「蓮〜! ありがと〜!」

「……あんがと」

「まだ華奈と二人きりが良かったかな?」

「うっせ」


 そんなふうに心をナチュラルに読んでくる親友の肩を小突きながら、伸びをする華奈を眺める。

 廊下に出て涼しい空気を感じているのに、顔の熱は一向に冷めそうになかった。

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