2-3 人間の目撃者がいない
結羽は、美女の霊の真意を探ろうと彼女の目をじっと見つめた。彼女の目は霊体であるため透き通ってはいるが、ウソをついているようには見えない。
美女からの依頼内容に対して、結羽は完遂できる自信がなかった。警察でさえひき逃げ犯を捕まえられていないのに、犯人捜査の素人である自分がひき逃げ犯を見つけられるわけがない。
結羽はうつむき加減に首を振った。
「ごめんなさい。やっぱり私には無理です。報酬がどうとか、それが問題じゃないんです。だって私は、犯人捜査のノウハウさえ知らないんです」
結羽は美女からの依頼を断った。すると、美女の霊はため息をつき、呆れた表情をしながら両手を腰にあてた。
「あのね、安堂さん。貴女、そんなことでは慰霊師として活躍できないわよ」
結羽よりも十数センチほど背が高い美女の霊は、まるで姉妹の姉が妹を説教するように話し始めた。
「安堂さん、貴女には霊とコミュニケーションをとれる霊能力が備わっているのよ。その才能を使わずに、私には無理だ、とやりもしないで諦めてしまうの?」
「霊能力があるからといって、ひき逃げ犯の居所なんて分からないです」
美女の霊は結羽の傍に寄ると人差し指で結羽の額をツンと触れた。もちろん、霊体の指なので結羽には何も感じない。しかし、結羽の左肩で座っていたホイップは全身の毛を逆立てた。
「ゆうはにさわるな」
美女の霊を威嚇するホイップを、結羽は撫でる仕草をしながらなだめた。
「安堂さん、よく考えてみて。警察がひき逃げ犯を捕まえられていないのは目撃者がいないからよ。でもね、それは人間の目撃者がいないということなの」
結羽は何かに気づいたように、目を見開きながら美女の霊の顔を見つめた。結羽の表情の変化に気づいた美女の霊は、笑みを浮かべた。
「やっと気づいてくれた?」
「はい! 人間の目撃者がいなくても、霊の目撃者ならいるかもしれない、ということですね!」
結羽は声を弾ませた。美女の霊は笑みを浮かべたまま無言で頷いた。
霊というのは心霊スポットだけに現れるものではなく、実は街の至る所にいる。
幼い頃から霊を見てきた結羽にとって、それは常識だった。
そして、多くの人は霊をモンスターのような存在として恐れる。しかし、霊の存在は、基本的には人間と変わらないのだ。
人間世界に善人や悪人がいるように、霊の世界にも善良な霊や悪霊がいる。確かに、死に様によっては恐ろしくて不気味な姿をしている霊も存在する。一方で、ミニスカートをはいたセクシーな服装をしていたり、スーツを着こなしている霊もいる。
そういった様々な霊を見てきた結羽は、一律に霊を恐れるのは間違いだ、という認識を備えていた。
「私からの依頼、引き受ける気になった?」
美女の霊が結羽の顔を覗き込むようにしながら尋ねた。結羽は「うーん」とひと唸りすると、無言のまま頷いた。
「分かりました。引き受けます」
美女の霊からの『ひき逃げ犯の住居を探る』という依頼を引き受けた結羽だったが、それでも全く自信がなかった。それに、現金という報酬にも期待しなかった。そもそも、霊がお金を持っているわけがない。
結羽が依頼を引き受けた理由は、慰霊師としての経験値を積むため、なのだ。
もし依頼が達成できなくても、まさか美女の霊に呪い殺されるなんてことはないはず。せいぜい嫌味を言われて終わるだけだろう。
「安堂さんが私の依頼を引き受けてくれた以上、私も名乗らないとね。私の名前は
青いミニワンピースを着た美女の霊・阿手川清美はスラリとした手を結羽に向けて伸ばした。結羽も阿手川清美の動きに合わせて手を差し出したが、もちろん握手はできない。しかし、霊感を備えている結羽には、阿手川清美の霊体に触れた瞬間に冷気を感じた。
そう、霊に触れると冷気を感じることがあるんだよね······。
結羽は過去の心霊体験から得た自分なりの見解を改めて認識したのだった。
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