1-6 ママみたいな存在

 翌朝、パジャマ姿の結羽は、カーテンの隙間から差し込む朝の光に顔を照らされながら目を覚ました。

 目を覚ました結羽は、すぐ傍らで眠る真っ白な猫のホイップの存在に気がついた。

 朝の光に照らされたホイップは、まるで猫の輪郭だけがそこにあるようで、それでいて、ほのかに白い光を放っている。幼い頃から、たくさんの霊を見てきた結羽だけど、こんなに美しい霊体を見るのは初めてだった。

 そのとき、薄目を開いていた結羽はホイップと目が合った。その瞬間、ホイップの白い尻尾がピンと立った。


「おはよ、ホイップ」


 結羽は、肩から下を温めている毛布を首元までたぐり寄せながら、小さく低い声で挨拶をした。


「ねえ、にんげん。はやくおきてよ」


 ホイップが発した「にんげん」という言葉を耳にした結羽は、苦笑いした。


 そういえば、ホイップに私の名前をまだ教えてなかった。


 結羽は眠たげにまばたきをしたあと、毛布にくるまれたまま上半身を起こした。ホイップもそれに合わすようにベッドの上で目を細めながら伸びをした。


「ホイップ、私の名前は結羽って言うの」


 ホイップは伸びを終えると結羽の顔を見上げた。


「なまえ?」


「ホイップは飼い主からホイップと呼ばれてるように、私は『ゆうは』と呼ばれてるの」


「ゆうは」


「そう、ゆうは」


 結羽は、ホイップが初めて自分の名前を呼んでくれたことが嬉しくなってクスッと笑みを浮かべた。


「ゆうはのかいぬしは、どこ?」


「え? 私に飼い主はいないよ」


 結羽が笑みを浮かべたまま答えると、ホイップは「ふーん」と素っ気なく答えて窓の方へ顔を向けた。窓は水色のカーテンで閉じられている。

 ホイップの視線の先がカーテンであることに気がついた結羽は、毛布をはねのけるとベッドから起き上がった。


「ホイップ、起きるよ!」


 結羽はカーテンを勢いよく開いた。朝の光が結羽の全身を照らす。その一瞬の眩しさに結羽は目を細めた。



 結羽の部屋はアパートの最上階、3階にある。2ヶ月ほど前に、初めての一人暮らしということで、孤児院の院長が結羽のために部屋を探してくれた。若い女性でも安心して生活できる治安が良いエリア、そして女性専用のアパート、窓からは緑あふれる公園やオレンジなど明るい色彩が印象的な保育園が眺められた。


「結ちゃんが孤児院を思い出せるように、なるべく保育園の近くのアパートにしたのよ」


 結羽は、早朝の誰もいない保育園を見つめながら、女性院長がこの部屋を選んだ理由を話してくれたことを思い出した。幼い頃からお世話になった優しい女性院長の顔が結羽の脳裏に浮かぶ。


 幼い頃の私が霊とおしゃべりして周りから気味悪がられても、院長の橘先生はそんな私を理解してくれて、いつも優しく接してくれた。私にとってママみたいな存在······。


 結羽の胸が寂しさではち切れそうになり、保育園を見つめていた視線を落とした。

 そのとき、背後から視線を感じた結羽は振り返った。振り返ると、ローテーブルの上からホイップが結羽をじっと見つめていた。朝の光を全身に浴びているホイップは、ほのかに白い光を放っていた。









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