第40話 薬師協会の地区長さん

「いやぁ、ようやく会えましたな! 光のお嬢さん!」


「光のお嬢さん!?」


 なんですかその呼び名は。

 薬師協会地区長のレブルさんの言葉に、私はぎょっとした。


「ああこちらで勝手にそう呼んでおりまして。名前を連呼するわけにはいかないものの、珍しい草をどんどん売ってくれるものですから、きっと神の手を持つ人なのだろうと地区長会議でそう話している時に、隠語として使っていたわけで」


 いつの間にか、一部であだ名をつけられていたらしい。

 たしかに本名で話し合われるのもちょっと困るけれど。


「というか私の名前、ご存じだったのですか?」


 自分では、単なる採取をする冒険者の一人ぐらいのつもりだったのだ。

 あ、シルファの町に住むにあたって、ギルド員の方が表向きの住む理由が作りやすいからと、私はギルドに登録していた。

 だからギルドの人が、名前を知っているのはわかるけど……。


「アーダンの町にも薬師は何人もおりますのでな。その者達より、どうも採取をしてくださっているのが光のお嬢さんだと伝え聞いておりまして。名前を知った次第でございます。ご挨拶前に調べたこと、お詫び申し上げまする」


「あ、はい」


 私はぺこっと一礼する。

 というかひどく古風なしゃべり方をする人だ。

 見た目以上に年上の人なのだろうか? レブルさんは。


「実はかねがねお会いしたいと思っておりまして、ギルド長にも会見の場を整えていただきたいと伝えており申した。けれどお若いお嬢さんだからこそ、軽々に接してもらうと、お嬢さんの身に問題が起きるやもしれぬと言われましてな。むしろ関係者しかいない状態のシルファの町ならばと相談しまして、こちらならばよいだろうと許可もいただき、ご挨拶に参った次第でございます」


「あ、ご配慮していただいてありがとうございます」


 ギルド長も、私が普通の町で目立つことを避けてくれて、レブルさんも、それを受け入れてくれていたらしい。

 知らないところで有名になっていたのには怖気づくけれど、上の人達同士で配慮について考えてくれていたことは嬉しい。

 貴族社会を知っているから、平民になった後ろ盾なんてない私のことなんて、それなりの権力がある人には無視されてもおかしくなかったから。


「とにかく御礼を申し上げたく。見つけていただいた光る草のおかげで、数多くの者が助かりました。特に最初に持ち込んでいただいた光ったまま届いた物と、後日届いた光ったままの薬草。どちらも大変効果がありました」


「そんなに効果があったんですか?」


 薬草はわかるけど、光るからと持ち込んだ草に効果があったなんて。


「あの草は、一応食用にできますので、薬に混ぜてみまして。その時ちょうど、どんな薬でもなかなか回復せず、一進一退を繰り返して亡くなる病が発生したのです」


「そんな恐ろしい病気が……」


「しかしその薬を与えたところ、たちどころに回復しました。他に効く薬は、光っている薬草を混ぜた物でしたな。もっと沢山必要だと思ったところで、今回の群生のお話を受け、本当に本当に感謝したのです。先に送ってくださった薬草で、ある村は全員が助かりました」


「あ、いえ。群生の方は私だけの手柄ではございませんので……」


 ヨランさん達と一緒に町の跡を見て回らなかったら、気づかなかっただろう。

 ただでさえあの草、霧が出ないと光らないのだ。

 昼間に見つけていたら、ただの薬草の群生だなーと思っていたかもしれない。

 でもレブルさんは首を横に振る。


「最初の光る草があったればこそですから。今回も、群生の研究に携わらせていただけて感謝します」


 挨拶が終わったところで、横にいたラスティさんがそわそわとしながら質問していた。


「ところでその病、もう沈静化したのですか?」


 知識的な興味が湧いたようだ。


「その村の分は沈静化したように思われましたが……」


 レブルさんが言いにくそうに続ける。


「他の村でも、時折出るのです。そしてやはり同じように、白夜の森で採取された光る草を、どんな薬草でもいいので混ぜた薬のみでしか治らないのです」


「光る薬草だけが治せる……?」


 不思議な話だ。

 薬草の種類を問わないというのもおかしい。

 それは本当に、病気なのだろうか。


「症状は、熱が出るとか、そういうものなのか?」


「体温が下がります。けれど毛布を沢山かけても、誰かが側で抱きしめても、湯に浸からせても上がりません。暖かい飲み物を飲ませても、体の熱を上げる薬も効かないのです。そして意識を失って、コンコンと眠り続けることになります」


「そんな病状は初めて聞きました」


 ラスティさんが驚いている。

 私も初耳だった。

 体温が下がって戻らないというのは、あまり病としては聞かない症状だ。

 

「暖かい物を飲んでもダメだなんて……。どう治していいのかわからない病気だわ」


 ベルさんもショックを受けているようだ。


「はい、亡くなった方は、体温が上がらないまま、眠るように息を引き取ってしまいます。そのため、病気の存在がまだ広まっていなかった初期の頃は、一人暮らしの者が多くなくなりました。誰も気づかないと、本当に静かに病状が進行して亡くなってしまうのです」


 レブルさんが説明してくれる。

 おそらく、そういう症状がある人を見かけたら気を付けてほしいという啓発の意味もあるだろう。


「眠るように……?」


 その言葉に引っ掛かったように、ヨランさんがつぶやく。


「何か思い当たることでも?」


 レブルさんに問われて、ヨランさんは難しい表情をする。


「どこかで似たような言葉を聞いたような、と思って。ええと……そうだ」


 ヨランさんがなにかを思い出したようだ。


「確か、故郷の町で……。そうだ、70歳を超えた長老が、そんな亡くなり方をしたなって」


「ご老人と同じ死に方、ってことでしょうか」


 ラスティさんがつぶやき、そこでレブルさんが渋い表情でうなずいた。


「さようでございまして。この病ほど急激な体温低下が起こるわけではないのですが、似たような亡くなり方というのは、高齢になった人が体力を失って息を引き取っていくのと近いと、現場に直接治療をしていた者達も報告しておりまするが……。とはいえ急激な変化であり、二十代や十代でも同じ症状で亡くなりますので、間違いなく病なのでありまする」


「熱を生み出す力が足りなくなる病、という感じね」


 ベルさんの言葉にうなずくレブルさん。


「体力を奪う病に、光る薬草が効果があるんですね……。どうして光るものだけなのでしょう。そもそも、白夜の森で草が光るようになるのは、なんでなのかがわからないのですが」


 私の言葉に、レブルさんは応じる。


「私どもも研究の真っ最中でございまして。それもあって白夜の森の側に人を置くことは、この病の研究にも良いと思っております。なんとかして原因を知り、そもそもの病が発生しないようにしたいものですが……」


 薬があっても、病が広がってしまっては対処できなくなる。

 なにせ光る薬草なんて、そんなに大量にあるわけではないのだ。

 だからレブルさんは病の発生を止めたいのだろう。

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