先輩事件です!僕がモテモテな件(ただし男子校で)

有星まかろん

第1話(問題1)これは事故なのか?

 ずいぶん親密なんだな。

 佐倉瑠流さくら るるは目の前でバックハグをしている二人を見て、少し驚いた。背の高い彼は瑠流と同じ制服を着ているから、同じ学校の生徒だろうが、抱きついている彼の制服は違う。

 どこの学校なのかな?

 瑠流は高校一年生になったばかり。今日が入学式だった。友達と一緒に近くの学校へ通いたかったのに、母のたっての願いでド田舎の、しかも今では珍しい中高一貫の男子校に、高校から途中編入することになった。『私立スター★ジュエル高等学校』などという、ふざけた名前の学校だ。

 なんで★がつくんだろう。どう読むの? 私立スタースター? 私立スターほし?

 そして遠くて通えないので、学校に近い『トパーズ寮』に入寮することになった。壁の色が黄色だから、トパーズ寮というらしい。有名な建築家が設計したとかで、学生寮とは思えないシャレたつくりだ。南仏を思わせる壁に、小さな窓がデザイン的に並んでいる。都会の喧騒から離れた場所なので前庭も広く、ローズマリーやラベンダーなどのハーブが植えられていた。まだ花は咲いていないが、初夏になる頃には、きれいな花を咲かせているのだろう。いまは桜が満開だった。寮へ続く道に桜の木が植えられていて、新入生たちを歓迎しているようである。

 そのトパーズ寮のまん前で、二人の男子生徒がピッタリとくっついているのを目撃したのである。もちろん、どちらのことも知らない。

 まさか男子校って、こんなやつらばかりじゃないだろうな?

 とにかく関わらないのが一番だ。二人がバックハグをしていようが、抱き合っていようが、自分には関係ない。見ないフリでそっとしておくのが賢明だ。瑠流はそのまま通りすぎようとした。

「おい」

 ふいに背の高い彼に呼び止められる。瑠流は少し驚いたが、聞こえないふりをした。

 そのとき、ざあっと風が吹き桜の花を揺らす。春に特有の強い風に、瑠流は目をつぶった。すでに満開の桜は散り始めていたため、飛ばされた花びらが瑠流の髪についた。

「さくら」

 名前を呼ばれたような気がして、つい見てしまい、こちらをじっと見ている彼と目が合った。二人の間に春風が吹き、鮮やかな桜色の光が見えた気がした。瑠流は驚いて、目を見開く。

 一度会えば忘れられないような人だけど、知り合いにこんな人いたっけ? 

 彼は人気俳優のように整った顔をしていて、目がキラキラとしていた。イタズラでも思いついたかのように、楽しげに微笑む。そして腰に回されていた腕を振りほどくと、背中に貼りついている男子学生に冷たく言った。

「俺、いまコイツとつきあってるから。お前は帰れよ」

 振りほどかれた彼は驚いた顔をして一瞬動きが止まり、こちらを見た。驚き、戸惑い、最後はすごい形相でにらんでくる。

「え? なに?」

 瑠流が混乱していると、イケメンの彼にさっと手を握られた。こんな状況にもかかわらずドキッとしてしまう。手を振りほどくこともできず、つないだ手を引かれた。二人のことを知らないのに、なぜカレシにされているのだろう。わけが分からないが、カッコイイ彼にドキドキしてしまった。そのまま、ぼおっとして歩いていると、いつの間にか寮に着いていた。

「あの、手を離してください」

 瑠流は我にかえり、振り返って玄関のガラス越しに外を見た。フラレた彼がうらめしそうに立っている。厄介事に巻き込まれたと感じた。それでも彼は他校の学生だからか、寮に入って来ることはなかった。そういう分別があるということは、まともな人間のようだ。瑠流はさっきカレシ宣言をされたときに、すぐ否定しなかったことを悔やんだ。なんであれ誤解されないほうがいい。

「でも今から出て行く勇気はないな」

 自分からオオゴトにする気はない。

 イケメンは瑠流の気持ちに気付かないのか、にこにこしている。もしかしたら修羅場に慣れているのかもしれない。

「きみは誰? 部屋は何階?」

「誰って、こっちのセリフだよ」

 瑠流のことを何も知らないのに、勝手にカレシ扱いされたのだ。そんな彼にぼうっとなっていたなんて、少し悔しい。冷静になってみれば、コイツはふざけたヤツだ。チャラいのかもしれない。

 瑠流は手を振りほどくと広いロビーを横切った。イケメンがついてくる。

「俺は左京勝利さきょう しょうり。三階の303号室だよ。きみは?」

 その名前に聞き覚えがあり、瑠流は足を止めた。

「アンタが左京くんか」

 左京をまじまじと見る。「母さんから、聞いているよ」

 左京が驚いた声を出した。

「なにそれ。どういうこと?」

 今度は左京を驚かすことができたと思い、瑠流は笑って歩きだす。学生寮とは思えない贅沢なロビーで、モダンな黒い犬のオブジェが飾られていた。ひっかき傷のような意味不明の現代アート絵画を通り過ぎると、階段があった。階段を昇りながら、どう言えばいいのか考える。

「ひとことで言えば、僕の母さんと左京くんのお父さんが同級生なんだよ」

 シンプルな説明。仲良くしろと言われたことは、黙っておく。さっきの出来事がなければ言うつもりだったが、このタイミングでは言いたくない。

「ふうん」

 左京は興味がなさそうに返事をしてから、微笑んだ。「俺のことは『左京くん』じゃなくて、『勝利』って呼べよ。仲良くなりたいんだ」

 なんの下心もないような爽やかな笑顔を向けられて、こちらもつられて微笑みそうになる。瑠流は少し腹立たしく思っていたが、勝利の屈託のない笑顔を見ていると、なんだかどうでもよくなってきた。早く友だちを作りたいという思いもあるので、とりあえずさっきの怒りは保留することにした。

「僕は佐倉瑠流。みんなはルルって呼ぶよ。あ、みんなと言っても、中学の頃の友達はみんな別の学校に行ってしまったから、もう呼ぶ人はいないね。僕だけここに来てしまったから」

 どうして僕はこんなところにいるんだろう。みんなは今ごろ、どうしているのかな。

 寂しくなって瑠流が黙ると、勝利も黙ってこちらを見た。

 瑠流はしんみりしてしまったことに気付いて、慌てて明るい声を出す。「左京く……あ、しょ、勝利くん……と同じ一年生だよ。302号室、隣の部屋だね」

「隣なのに全く気がつかなかったよ、いつの間に入寮してきたの?」

 トパーズ寮は全室が個室なので、タイミングが合わなければ人と会う機会も減る。入寮時、瑠流の荷物は少なかったし、あらかじめ宅配業者が運んでくれていたので引っ越しは簡単だったのだ。それに303号室はずっと不在のようだった。

 部屋の前まで来ると勝利は立ち止まり、瑠流をじっと見た。

「この学校は中高一貫だから、ルルみたいに途中から入ってくると、慣れるまでは戸惑うかもしれない。何か困ったことがあれば俺を頼れよ。隣にいるから」

 勝利は快活そうな瞳にすっきりとした鼻梁をしていて、口元には微笑をたたえている。好みの顔だったので、つい見とれてしまった。じっと見ていると顔が赤らんでくる。

「うん。ありがとう」

「みんなイイヤツだし、大丈夫だよ」

 勝利は軽く手を振ると、303号室に入っていった。

 瑠流も隣の302号室に入る。入室してすぐ靴を脱ぐのがルールで、小さなシューズラックがあり、瑠流はスリッパに履き替えた。シンプルな狭い部屋で、手前に勉強机があり奥にベッドがある。奥に向かって細長い部屋だ。寮を外から見たときに小さな窓が並んでいたのは、そのせいだったのだ。全ての小さな部屋に窓があるのだから。

「狭いけど、そのかわり個室だからな。仕方がないか」

 カバンを机の上に置くと、ベッドで横になった。きょうは学校が初日で緊張していた。初めての寮、初めての学校、初めてのクラスメイト。保護者が入学式に来なかったので、知っている人が誰もいなかった。急に疲れを感じて、そのまま少し休憩することにした。

 静かだなあ。

 他の生徒たちはどうしているのだろう。個室は落ち付くけど、話し相手がいなくて寂しくなってしまった。家にいたときは、どう過ごしていたっけ。勝手がつかめなくて、持て余してしまう。スマホを見ていたのだったかな。でも学校にスマホを持ちこめないと入学のしおりに書いてあったので、どうせ使わないからと解約してしまった。隣の部屋に遊びに行くかどうか迷っているうちに、ウトウトと眠ってしまった。

 目が覚めると薄暗くなっていた。驚いて起き上がる。

「しまった、こんなに寝ていたなんて。ウソだろ」

 昼食をとりそこねてしまった。それどころか、そろそろ夕食の時間だ。

 腹が減って死にそう。

 瑠流は学生服から私服に着替えると、一人で食堂に向かった。

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