第7話-4

「後はあれだけだ・・・」

 光は眼前に聳え立つ樹木を睨みつける。出現時には5メートル程の高さだった筈が、いつの間にか二回りほど大きく成長している。横に伸びた枝葉は緑が青々と茂り、小さな実が生っている。

 少し嫌な予感がするものの、光は構わずに向かう。ここからの距離と速度ならば何かをする前に決着がつけられるはずだ。

 だが

「ん?」

 不意に足元に違和感を感じて立ち止まる。

「なんだ?」

 小さな地鳴りが続き、辺りから大量の木の根が飛び出して来た。

「げっ!?」

 光はぎょっとしてその場から距離を取るべきか、それとも構わず突っ込むべきか。その判断で一瞬迷ってしまった。その隙に樹木を守るかのように次々と地面から飛び出した木の根に取り囲まれてしまい身動きが取れなくなってしまった。

『光! 無事か!?』

 通信機から祐の声が聞こえる。

「無事だよ。今、近くに生えた木の根を間引いているところ」

 取り残された光はすぐに行動に移っていた。まずは自身の近くに生えた木の根を、螻蛄を産み出す前に排除する。それで周囲には小さな空間が出来たものの、依然として取り囲まれていることに変わりはない。

 螻蛄たちも次々と産み出され、完全に孤立してしまった。

「ギギギギ」

 螻蛄たちは木の根の間を縫いながらのっそりと迫って来る。だが光は慌てる事は無く、近くの螻蛄の頭をトンファーで殴りつけた。

 殴られた螻蛄は数秒立ち止まり、そしてゆっくりと動き出すと隣の螻蛄へと攻撃を始めてしまった。

「これだけ密集していると逆にやりやすい」

 またしても螻蛄たちの頭を殴りつけ、殴られた螻蛄たちは近くの螻蛄へと攻撃を開始する。光の狙い通り、混乱した螻蛄たちが同士討ちを始めることで余裕が生まれた。

「状況を教えてくれ」

 この隙に光は仲間たちに連絡を取る。

『新しく出現した木の根は樹木を守るように広がっている。数は321本。だが螻蛄たちの数は計算よりも少ない。どうやらタイミングを見て生み出しているようだ。

 それだけじゃなく。こちらへは進軍してこない。その場に留まっていることから、どうやらよっぽどあの樹木を守りたいらしい。

 これらの行動は資料には無かった。恐らく俺たちの攻撃が予想以上に効いてたみたいで敵も行動パターンを変えて来たみたいだ。もうすでに未知の領域へと足を踏み入れている状態だ』

「了解。どっちみち予想外のことが起こるのは確定事項なんだから別に構わない」

『それでどうする? 勝をそっちへ送るか? 本人はすぐにでも飛び出しそうにしてるが?』

「いや、ここは僕一人で片を付けるよ。勝が離れたその隙にそっちを狙われる可能性もあるから」

『分かった。気を付けろよ。それから亮が回復は必要かと聞いてきた。どうする?』

「何があるか分からないから今のうちに頼む!」

『了解!』

 通信を終えると案内をしていた鳥が光の肩へと止まり蔓へと変わり光の体を覆っていく。

 治療を終えた光は意識を戦闘へ切り替えた。

「ふぅ・・・」

 深呼吸を行い、頭を整理する。

 真っすぐあの樹木を目指すか? それとも敵の数をもう少し減らしておくか?

「数を減らそう。流石に多すぎる」

 不敵な笑みを浮かべて集団の中へと突っ込んでいく。数が多いので混乱をメインで攻める方針だ。

 デバフの初期技『毒』と『麻痺』はハッキリ言って最強のデバフだった。これさえあれば大抵の敵はどうとでもなる。

 しかし使い続けているうちにある落とし穴に気が付いた。この2つのデバフは強力すぎる上に消費オーラの上限が無いのだと。つまりオーラを注ぎ込んだらその分だけの効果が得られると言うこと。

 耐性を持つ敵に猛毒を付与しても時間経過で回復されてしまう。ならば回復を上回る猛毒を付与すればいいのだが、そのためにはそれに見合うだけのオーラが必要になって来る。

 敵が目の前の一体だけならば、持てる力を使って倒していいのだが今回はまだ終わりが見えない。螻蛄のような下っ端雑魚相手に致死量の猛毒を使用すればあっという間にオーラが枯渇してしまうだろう。

「はぁああっ!」

 ペース配分を考える。混乱で螻蛄の同士討ちを誘い、その隙に木の根を猛毒で破壊する。流石に周囲全ての木の根を破壊するとオーラが持たないので、最低限の木の根だけを狙う。

「亮。回復の第2弾を頼む!」

『もうすでに次を送っている。もうすぐ到着するよ』

「さすがっ! 頼りになる!」

 回復の当てが出来たので、少し奮発して螻蛄にも猛毒を使用してその数を減らして行く。混乱させた螻蛄たちを壁役にして安全圏を無事に確保したところで亮の鳥が下りて来た。

「亮、頼む」

『行くよ!』

 鳥が蔓へと姿を変化させて光の体を覆う。蔓から根が伸びて、いつの間にかついたかすり傷へ入り込み、傷を癒して行く。同時に消耗した体力とオーラも回復。

 続けてポケットに入れておいたゼリー飲料を飲み込む。創と勝が作ったこのゼリーは集中力を回復させる効果がある。

「よし! 回復完了!」

 蔓は既に役目を終えて消滅。周囲の状況は思った以上に拮抗していた。

 今ならば樹木へ行けるのではないか? そう思い樹木を探すと、木の幹に巨大なオレンジ色の物体が付いているのが見えた。

「あれって・・・」

 何となく、似たような物を思い浮かべてしまう。

『どうした?』

「いや。樹木に付いているオレンジの物体なんだけど。あれってハチの巣に似てるんだよな」

『蜂? 次の敵兵かもしれない。早めに対処できそうか?』

「多分、無理。出現する可能性が高い。それに蜂なら飛べるだろうから、そっちに向かうかも。警戒を」

『了解した。勝をこっちに待機させて正解だったな』

「こっちはもう一暴れする」

『了解』

 通信終了。光は再び敵兵の中へと飛び込んだ。それから休息を挟みつつ、敵と木の根の数を減らしていき、木の根を3分の2程排除した頃だった。

 突如、何かが割れる音が頭の上から聞こえて来た。

 敵との距離を取りつつ音の正体を探ると、樹木に付いていたハチの巣が割れていた。割れたハチの巣が形を変えていく。

「ギギギ!」

 変態はすぐに終わった。姿形は雀蜂をベースに、八角形の文様が刻まれた蜂の巣が変形した鎧を身に着けている。幸いにも出現した蜂はこの一体のみだが、安心は出来なかった。

 不快感を煽るような羽音を鳴らしながら上空を旋回する。二回りした後、その蜂は光の前へと降り立った。どうやら先に光の排除を優先したようだ。

 光は目の前の蜂に最大の警戒を見せる。5メートルクラスの巨体から発せられるプレッシャーに背筋が続々させられるが。

「大丈夫。負けるビジョンが見えて来ない」

 正直、負ける気はしなかった。

 問題は周囲の螻蛄たちだ。連携して襲って来られたら厳しいが・・・螻蛄たちは光をぐるりと取り囲むだけで襲ってこようとはしてこない。どうやら逃がさないための壁として役目を変えたようだ。

 ふと樹木が目に入る。オレンジの巣が目に入った。どうやらもう次を生み出す準備をしているようだ。

「もたもたはしていられない。速攻でカタをつける!」

「ギィギィギィ!」

 蜂は上空へと舞い上がり、光から適度に距離を取る。上を取られたため、うかつに動けなくなった光はさてどうしようかと考える。

「そう言えば、空を飛ぶ相手と戦った記憶ないな」

 ここに来て経験不足を悔やむ。だが文句を言っても状況は改善しないので、今どうにかするしかない。

 せめて鋼が居てくれれば楽に勝てるのだが、流石にこの距離では援護は無理だと諦める。何より自分でどうにかすると言ったのだからその責任はちゃんと取りたい。

 光が考えている間、蜂も光を攻撃してこない。どうやら向こうも遠距離での攻撃手段を持ち合わせていないようだ。

 両者睨み合う。

 だが時間経過は向こうにとって都合がいい。時間をかければかけるほど敵の戦力は増して行く。現に螻蛄たちはどんどんと産み出されて行き、その数は500を超えていた。その半数が砦へと進軍を開始している。

「よし。これで行こう!」

 光は標的を蜂から樹木へと切り替えた。すぐに姿勢をかがめ螻蛄軍団へと突入する。

「ギギギィ」

 まさか自分を無視されるとは思わなかった蜂は慌てて光を追う。だが螻蛄たちが邪魔で見失う。その隙に光は樹木へと到達した。

「はぁぁっ!」

 樹木へと攻撃を開始する。トンファーの打撃が5,6発入ったところで蜂が光を襲う。

「はっ!」

「ギィ!」

 よほどこの樹木を破壊してほしくないのだろう。蜂は自分の優位性を捨ててまで、光が得意とする近距離での勝負を受けた。

「だあっ!」

「ギィ!」

 蜂とインファイトを繰り広げる。だが光の攻撃は武装した蜂の鎧によって防がれてしまう。

「堅っ! 接近戦でも強いから近距離を受けたのかよ!」

「ギギギ」

 蜂のとげとげしい脚が光の体を傷つけて行く。しかし光は怯まずにその脚をトンファーで打ち払い致命傷を防いでいく。

「ここだ!」

 打ち合いは光の方が優位だった。隙を見つけ、タイミングを合わせて脚の関節をトンファーで破壊する。やはり関節部は弱いようで、光の攻撃力でも脚を切り離せた。

「よし!」

 このまま腹部を攻撃だ。

 だがそう甘くは無かった。瞬く間に蜂の脚が再生してしまう。

「げっ!?」

 再生は予想外だった。再生した脚が頭をかすめる。

「くそっ!」

 仕切り直しと、距離を取る。

「ふぅ・・・。仕方ない。とっておきを使うか」

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