第6話  蒼介と浩斗の再会

「これ以上、手荒な真似はしたくないんだが……」

 ニッカポッカが静かな口調でいった。

 さすがのお京も、その技に顔面を蒼白にして唇を震わせた。他の三人の女たちも、ニッカポッカがお京をやり込めたのを見て、金縛りにあったように動けない。

 つるはしのヘッドの先がお京の額をちくりと突き刺した。

「ギャッ……」

 口から出たのはほとんど悲鳴だった。

「とっとと失せろ!」

 ニッカポッカが一喝すると、お京も他の女三人も野良猫のように慌てて走り去っていった。木刀もほうりっぱなしのままだ。

 すでに、浩斗にはこのニッカポッカの正体がわかっていた。つるはしを竹刀に代えたのなら、そのまま懐かしいあいつだった。

「蒼介! おまえ、蒼介じゃないのか」

 浩斗が呼びかけると、髭面のニッカポッカは頬をゆるめた。

その風貌は過去の記憶とはずいぶん変わっていた。だが間違いなく、学生時代にクラスをともにしたあの三好蒼介だった。


 浮かれた浩斗は女給たち相手に、蒼介の武勇伝をまるで自分のことのように自慢した。

「どうだ。ここに髭もじゃもじゃの風貌ですわるのが、ぼくの大学のときの友人、剣を持たせたら学生ナンバーワン、いや日本一の三好蒼介だ」

 女給たちが感嘆の声をあげる。紫津も周りにならって笑顔をつくり、空いた浩斗のコップに麦酒を注ぐ。

「やめよろ。大袈裟なことをいうのは」

 そうこたえる蒼介は、飲んでいるのに、浩斗とは対照的にもの静かだ。紫津はそんな蒼介を見て、どこか自分と似ていると感じた。もしかして暗い過去があるのでは……、と。

自らの手で、蒼介のコップに麦酒を注いでやりたいが、間には浩斗ともうひとりの女給がいて、でしゃばることができない。

 浩斗はますます滑舌になる。

「凶暴な女盗賊は、痛い目にあわなきゃいかん! それこそ、つるはしの先っぽで一発顎にくらわせてやったらよかったのによ」

 蒼介は首を横にふる。

「おれは本来、臆病者なんだ。これまで、子どものころから、人を殴ったこともない……。血を見ることなんてとんでもない……」

 浩斗がすっとんきょうな声をあげる。

「おいおい。剣道の達人が。これまたおかしなことを!」

 困ったように眼を伏せた蒼介に、隣の女給が身体を摺り寄せる。

「そんなもんよ。ほんとうに強い人は虫も殺せないんだって」

 笑いながら、コップに麦酒を注ぐ。

 話題は、堀川での立ち回りからはじまって、浩斗と蒼介の現在の生活も話題にのぼった。決して、気楽なものではないが、そこを浩斗が面白おかしく脚色して、大いに盛り上がった。

浩斗と女給たちが盛り上がるなか、紫津は場を引き立てる花ではなく、卓を取り囲む影のひとつにすぎない。それは蒼介も同じだった。口を挟むわけもなく、浩斗と女給たちとの会話を聞いて、ときたま笑いを浮かべるだけだ。この場にいるのはそぐわない。自分の影を消し去りたい、そんなふうに見える。

紫津はそんな蒼介が気になった。

流行りの洋服などを持たない。古びた袴姿だ。話題にもあがったが、この日のように、東京の下水工事などの現場で働いている。毎朝、労働者の寄せ場に仕事を求めにゆき、仕事にありついたときは、現場でつるはしやシャベルを握っている。そんな蒼介を、紫津は自分と同じ根無し草だと思った。

いっぽうで、モボの恰好をした浩斗は金持ちのボンボンだ。どうやら父親は財閥の重役のようだ。そのような境遇なら、父親の手づるでどこか働き口も見つかるだろうに、遊びほうけている。

二時間ほど宴(うたげ)は続いただろうか。店を出た浩斗は蒼介の肩に手を回し、見送りをする紫津に意気揚々と告げた。

「これから二人で定期的に会うことにする。その折はカフェ寿に寄る。紫津さん。よろしくな」

 蒼介のほうは、紫津から眼をそらすようにして、足許をふらつかせる浩斗を気遣う。申し訳なさそうに、黙ったまま紫津に小さく頭を下げた。

「また、ぜひいらしてください」

 紫津は本心からまた来てほしいと思った。

薬剤師の墨田とは大違いだ。この二人なら、接客する紫津のほうもほのぼのした気持になる。

 その晩、酔客がたむろする夜の雑踏のなかに、二人の後ろ姿が消えてゆくのを見送った。

  ( 続く )

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