第24話 ノクターン・オブ・レゾナンス
大地の指が鍵盤に触れた瞬間、ピアノはまるで待っていたかのように深い共鳴音を返した。
空間のねじれはさらに激しくなり、廃墟の天井から瓦礫が降り注ぐ。グーンシュは音の波動に激しく身をよじらせ、触手の一本を才谷へ向けて伸ばした。
「くっ――健太!」
才谷が叫ぶと同時に、健太が銃弾を放ち、辛くも触手を撃ち抜く。だが、それも時間稼ぎにすぎない。
その時、大地の弾いた旋律が一瞬だけ歪んだ。
「……違う。ここじゃない。何かが、足りない……」
彼の脳裏に浮かんだのは、かつて神澤先生が語っていた言葉だった。
――“この曲には、もうひとつの『記憶』がある。音楽室では足りない。最後のパートは――視聴覚室でなければ響かないんだ。”
「視聴覚室……っ!」
思い出した瞬間、大地は立ち上がり、視線を地下通路の奥へと走らせた。かつての学校構造を模した廃墟には、確かに旧・視聴覚室が存在していた。今は朽ちた機材とスクリーンの残骸が眠るだけの場所――だが、あそこに“残響の共振盤”が残されているなら、旋律は完全になる。
「才谷、健太! 俺が視聴覚室に行く! あそこなら……《ノクターン・オブ・レゾナンス》を最後まで弾ける!」
「馬鹿、間に合うのか!?」
「間に合わせるしかない!」
地下の通路を駆け抜ける大地。その後ろを、グーンシュの触手が容赦なく追いかけてくる。だが、大地の足は止まらなかった。
やがて、朽ちた扉を蹴破って視聴覚室に入ると、そこには確かにあった――丸い
「これだ……!」
ノートを譜面台に置き、深く息を吸い込む。
その瞬間、視聴覚室全体が音を記憶する装置となり、大地のピアノの旋律を増幅し始めた。
鍵盤を叩く指に力がこもる。《ノクターン・オブ・レゾナンス》のラストパート。
天井のスピーカーが軋みながらも復活し、地下全体に清らかな旋律が響き渡る。
グーンシュの身体が硬直し、触手が空中で止まった。黒い肌が砕け、内部から白く淡い光が漏れ出す。
「……効いてる……!」
才谷が息を呑む中、健太が叫ぶ。
「大地、もう少しだ!」
最後の一音。
それは、まるで“忘れられた想い”そのものだった。
旋律が止み、空間が凍りつくように静まり返った。
グーンシュは絶叫のような咆哮を最後に、その巨体を光の中に溶かしていく。
崩壊しかけた地下空間に、静寂が戻った。
視聴覚室にひとり座る大地の目から、涙がこぼれる。
「……先生。これで、よかったんですよね……?」
その問いに応えるかのように、視聴覚室のスクリーンに、かつての神澤先生の姿が一瞬だけ映った――微笑みながら、何かを言いかけるように口を動かして。
だが、その映像もまた、音とともに消えていった。
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