第1話 絶望のネオテラム ①

 銃弾や爆発が飛び交う戦場を、どれほど走ったのだろうか。

 タクト達、三等兵の3人は、両側に瓦礫が散乱する、道なき道を、時たま来る砲撃をかわしながら、一心不乱で走っている。

 いや、逃げていると言った方が正しいのかもしれない。彼らはもっと大勢居た仲間と別れ、任務も目的もなく、この地獄の大海原をさまよっているようなものだった。

 ここは以前、ネオテラムシティの中心地だっただろう。しかし今はその建造物の面影がないほど破壊されつくしていた。

 砲撃が近くをかすめる。3人は瓦礫に足を取られないようにするのが精一杯だった。

 空から、何か火だるまになった物が落ちてくることに気がつく。3人は前に飛び伏せる。近くに、その残骸が轟音を立てて落ちてきた。アース連邦軍の戦闘機に間違いなかった。どうやら撃墜されたもので、パイロットは脱出したか、機体と運命を共にしたのだろう。

 それを確認する余裕はなきに等しかった。3人は順次起き上がり、死んだ目でそれをしばらく見つめた後、再び走り出した。

 3人のうち1人が立ち止まる。タクトではない、背が高く、肌が黒い彼は、まだ屋根が残っている瓦礫の建物を見つけ、指さした。どうやら身を隠せそうだった。3人は残る力を振り絞って駆け出した。

 瓦礫の建物の中に滑り込み、3人全員影に並んで身を潜めた。彼らのヘルメットから、何本もの汗が滴りおちており、顔に余裕のかけらも残っていなかった。切らした息をしばらくつき、近くでドーンと着弾の音がしたところで、彼らはようやく息を整えた。

 例のタクト三等兵が瓦礫から顔半分を出し、建物外の様子を伺う。しかしまた近くでヒュー、ドーンの着弾音がなり、とっさに顔を隠すしかなかった。

「司令部まで、あとどれくらいあるんだろうな? タクト」

 肌が黒い一人、バース三等兵が、再び外を伺おうとする彼にそう聞いた。

 タクトはバースの方を向くと、やれやれという感じを隠さず、彼の隣に腰掛けた。

「…俺に聞かないでくれ、バース」

 そう言いながら、胸ポケットの中から地図を取り出す。広げて少し目を通すと、すぐさまバースに片手で見せた。

「どうやらここはネオテラムシティ郵便局付近らしい。司令部までは…徒歩30分ってとこか」

 タクトのその報告を聞いて、バースは首だけであたりを見渡す。

「ここが? あまりにも崩れすぎてて気付かなかった」

 彼は驚いて言ったが、それを表情に表すほどの余裕はできなかった。

「もう、俺は走れない…。あとはお前らで行ってくれ…」

 3人目のケイン三等兵は、うなだれたままそう言った。その直後のパピュン! という銃弾音に、彼は頭を抱えてビビった。

「だめだ。ここにいたら死ぬぞ」

タクトは間髪を入れず、その提案を拒否する。しかし一層、ケインは弱気になった。

「いいんだよ死んでも。どうせ俺達は…」

「言うなよ」

「なんでネオテラムなんか来たんだろう…」

「言うなって…!」

 そう制止するタクトだったが、ケインのと同じ気持ちであることには疑いようがない。

「キーズ、レスリー、ターナー・・・」

 ふとタクトは、離れ離れしまった同じ3等兵の名前を口にして、うつむいた。バースもその名前を聞き、同じく口を閉じる。

「死んださ。あいつらは。もう、ダメだ」

 カインが悲観的に言う。そんなはずは・・・! そうタクトは言い返そうとするが、できなかった。 

 もし過去に戻れたら・・・。

 タクトはそう考えただけでむなしく、自分の無力さを一層突きつけられる気分だった。

「・・・とにかく今は、ここを抜けて、司令部に着くことだけを考えよう」

 励ましたバースだったが、顔は無表情のままだった。

「なあ、バース」

「なんだタクト?」

「なんで俺たちだけ生き残ったんだろうな?」

 その質問に、バースは思わず無言になった。ケインはあい変わらず外の砲撃におびえ縮こまっている。「知るか。俺に聞かないでくれ」とバースは言った後、一呼吸置いて、

「ただ、ここで死にたいなんていうのはやめてくれ。少なくとも俺は犬死したくない」

 タクトはそれを聞き、少し口元が緩む。「ここでもお前らしいな、バース」

 タクトが立ち上がり、バースはケインの肩をつかみ立ち上がらせようとした・・・。

 その時。

 閃光が目に入ったかと思うと、建物の天井が轟音と共に大きく崩れ去った。

 壁にも大小の穴が開き、覗くと閃光を放った元を3人は目の当たりにすることになった。

 銀色に不気味な光の巨大フォルム。間違いなくデノンの戦車(タンク)である。

「デノンの・・・タンク・・・!」

「くそったれ・・・!」

「逃げるぞ!」

 ケイン、バース、タクトは口々にそう言うやいなや、その場を逃げるほかなかった。

 2発目の閃光が、タンクの細長い砲身から放たれる。

 先ほどの建物が完全に崩れる前に、3人は脱出し前屈みになりながら走る。

 バババババババ・・・

 すかさず砲身の脇部分から、機関銃の光線が3人を襲った。戦車に内蔵されている機関銃とあって、3人周りの瓦礫が宙に舞うレベルの強力な弾幕だった。

 その銃弾が・・・ケインの右脛を貫いた。

「グアッ・・・!」

 勢いで吹き飛ばされるケイン。しかしなんとか立ち上がり、前の2人に足を引きずりながらついて行く。

 ケインの負傷に気がついたバースは近くの大きな瓦礫に身を寄せる。すぐさま「こっちだケイン!」と呼ぶ。タクトはケインの右の肩を素早く担ぎ、2人して走りながらバースのいる瓦礫に飛び込んだ。

 隠れたからと言って安心できない。機関銃の銃弾を大きな瓦礫をはじく音は、雨あられのようだった。すぐさま戦車砲の一閃が、近くの瓦礫を崩す。

「くっそ・・・」

 と、タクトが顔をのぞかせる。見えた戦車は、ゆっくりと着実にこちらに向かってきていた。もはや、3人共々戦車の餌食となるのは、時間の問題だった。

「もはやこれまでかよ」

 バースがケインに応急処置をしながらも、絶望的な顔を見せた。タクトはそれを見て、なにかできないのか、と思考を巡らせざるを得なかった。

 絶体絶命の中頭に映るのは、かつて自分がネオテラムの炭鉱夫だったときのことばかりだった。これが走馬灯なのかとも思いながら、近づく死を覚悟するほかなかった。

 ふと、タクトは一つの記憶にたどり着いた。

 不思議な記憶ではあった。自分が時の流れを変えたかのようなものだったからだ。

 そのように不思議なままだけなのかもしれない。しかしそれが現実で可能ならば、この状況を打開できる希望となるはずだった。

「バース、ケイン」

 決意のまなざしで、タクトは呼びかける。

「どうした? なんか名案でもあるのか?」

 バースはタクトのただならぬ様子にすぐ気がついた。痛がっていたケインも、ふとタクトに振り向く。

「手持ちの手榴弾を、ありったけこれに入れてほしい」

 タクトは自分の装備からポーチを外しながら言った。

 中身を取り出し、代わりに自分の手榴弾2個をポーチの中に入れ、お前らのも入れてくれと言わんばかりに開けた口を見せる。

「何をする気だ?」

 バースのその口ぶりはしかし、タクトがこれから何をしようとしているのか察していた。

「俺を信じてくれ、2人とも」

「お前、死ぬのはやめろ」

「大丈夫だそれは・・・おそらく」

「おそらくではダメだ!」

「他に方法があるのかよ!!??」

 その叫びで、タクトの本気度がバースにようやく伝わったようだった。バースはつばを飲んだあと、尋ねる。

「・・・名案なんだな? 死んだら名案もクソもないぞ」 

 バースの質問に、タクトは無言で頷いた。

 バースは自分の手榴弾2個を取り、ポーチに押し込む。

「おい、バカ、やめろ、よせタクト!」

 痛がりながら叫ぶケインから無理矢理バースは手榴弾2個を取り、それらもポーチに入れた。

 手榴弾が計6個入ったポーチ。これならあの忌々しい戦車を木っ端みじんに出来るだろう。 タクトは再び瓦礫から恐る恐る頭を出し、タンクとの距離を測った。だいぶ近い。これなら余裕で側にまで詰め寄れるだろう。

 後の問題は、機関銃の雨あられをどう乗り越えるか、だけであった。

 タクトが考えた方法、それは炭鉱夫の時にふと感じたもので、確証はなかった。

 しかし、絶体絶命の今、それを信じるしかない。

 彼はあのときと同じ、深呼吸するために深く息を吸い込むと、ポーチの中の手榴弾の1つのピンを抜いた。

 生暖かい空気を目一杯吸ったと同時に、ポーチ片手に、瓦礫から身を乗り出す。

「何してるんだ!」

「タクト、やはりお前死ぬ気か!」

 ケイン、バースの声も、機関銃の発射音・跳弾音ですぐかき消された。

 戦車の機関銃は明らかにタクトにターゲットを向け、無慈悲に発射される。

 タクトはタンクに向かって走りながら、思い切り貯めた空気を、ゆっくりと吐いた。

 そう、まさに違和感を感じた、この感覚だった。

 機関銃の弾丸が、目に見えるくらいスローモーションになっている。

 ゆっくりすぎて、先ほどよりは脅威が半減したくらいだ。タクトは弾丸を見切り、かわしながら、着実に戦車に向けて距離を詰める。

 その間、貯めた息を吐きながら。走りながらで呼吸を乱さないように気をつけながら。

 距離は十分になった。戦車に向け、思い切りポーチをぶん投げた。

 戦車の上部にポーチが乗ったことを確認するまでもなく、爆発に巻き込まれないようにきびすを返し、先ほどの瓦礫の陰を目指す。

 ついに、たどり着く前に、タクトは息を吐ききり、周りの時空が元に戻ってしまった。

 刹那、普通の速度を取り戻した銃弾が、タクトの右脇腹をかすめた。

「ぐっ・・・!」

 タクトは転ぶ。しかしすぐに起き上がり、染みてくる痛みを堪えながら2人の仲間の元へ急いだ。

 彼ら2人は、瓦礫に隠れながらであるが、不思議に自分を見る目をしていた。

 大丈夫だ、俺にもこの「魔法」は訳がわからない。

 その時、背後で大きな轟音と爆風が巻き起こる。

 それらは逃げ帰るタクトに、直撃してきた。

 さっき転んだことでタイミングがずれてしまったのか、手榴弾が予想より早めに起爆したか、それとも戦車のエネルギーに誘爆して威力が増したのか、わからない。

 とにかく、自身で起こしたタンクの爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされたタクトは、そこで意識を失った。

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