第15話
「…何それ」
その言葉が耳に届いた瞬間、私は一瞬だけ思考を止めた。
藤崎くんの表情は軽く笑っていたけれど、その笑顔の奥に何かを隠しているような気がして、
私は無意識に身構えた。
「ごめん、何か気に障ること言っちゃった?」
藤崎くんの表情が、ほんの少し曇ったように見えて、
私の言葉が何かを傷つけたのかもしれないと思った。
それなのに、
「俺、多分ずっちゃんのこと好きだわ!」
その言葉は、まるで告白というより、思いつきの感想みたいだった。
“多分”って何?
さっきまでの距離感が、急に縮められたようで、私は戸惑いと警戒を同時に感じた。
好きって、そんな簡単に言えるものなの?
私のこと、何も知らないくせに。
名前も、性格も、過去も、何も。
それなのに、どうしてそんな言葉が出てくるの。
私に告白してくる人間は、どうしてこうも簡単に好きを口に出せるんだろうか。
「…はい?」
声に出した言葉は、自分でも驚くほど冷たかった。
でも、それは私の防衛本能だった。
さっきまでのやり取りで、少しだけ心が緩んでいたのに。
一瞬で、私は一気に距離を取った。
「俺と付き合わない?」
付き合う?
今、この流れで?
まるで、会話の延長線上に置かれた選択肢みたいで、
私の気持ちなんて、どこにも存在していないみたい。
彼は、自分の気持ちだけで突っ走っている。
本気なのか、冗談なのか。
その境界が曖昧すぎて、どこに立てばいいのか分からなかった。
「いや、付き合わないけど」
言葉は、はっきりと。
迷いなく。
さっきまでの柔らかさは、もうなかった。
私は、再び防衛線を張った。
やっぱり、前言撤回。
ただのチャラ男だ。
少しでも信じかけた自分が、馬鹿みたいに思えた。
「俺、好きな人には尽くすタイプだよ?」
その言葉に、私は目を細めた。
そういう話をしてるんじゃない。
“尽くす”とか、“タイプ”とか、
そういうテンプレートみたいな言葉じゃなくて。
私は、ちゃんと向き合ってくれる人がいい。
ふざけてない人がいい。
言葉に責任を持てる人がいい。
私は、言葉じゃなくて、行動で示してほしい。
だから、本気なら軽々しく言わないでほしい。
「そういう話をしてるんじゃないよ」
声は、少しだけ低くなった。
冷静に。
でも、確実に距離を取るように。
私の沈黙に気づいてほしい。
それができないなら、好きなんて言わないでほしい。
藤崎くんは、それでも笑っていた。
「お試しでもいいからさ。ね?」
“お試し”って何。
人の気持ちを、そんなふうに扱うの?
私は、誰かの“試し”になるつもりも、するつもりもない。
誰かの暇つぶしにも、誰かの気まぐれにも、なりたくない。
私の心は、そんなに安くない。
そんな言葉で揺れるほど、私は弱くない。
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