第7話
「ほんと好きだよねスポドリ」
机に肘をつきながら聞いていた私は、ちらりと陽真の机に目をやる。
なるほど、今日も青いボトルのスポーツドリンク。
「好きっていうか、くれるから飲んでるだけ」
陽真は何でもないことのようにさらりと答える。
口調も表情も、まったくの無自覚。
けれどたぶん、それが一番の“罪”なんだと思う。
「これだからモテ男は」
紬が半分呆れたように、机をバシッと叩いてぼやく。
紬は本気で怒ってるわけじゃない。
“この無自覚王子にどうツッコめばいいのか分からない”という、若干あきらめに近い困惑が混じっていた。
「別にモテてないって」
私はその一言に、思わずまばたきを一回だけ挟む。
休み時間になるたびに、教室の前に人だかりができてるのを、この人は一体どう解釈してるんだろう。
本人に悪気がないのは分かってる。
むしろまっすぐすぎるくらいまっすぐだ。
モテるかどうかなんて、本人が気づいてないならそれでいい。
騒いでるのは周りの方で、本人が自分のままでいるなら、それが一番平和な気もする。
でも、なぜかその無防備さが、返って小さな殺意を生むのも事実なんだよね。
「よく言うよ。練習してるとこ見て女子たちキャーキャー言ってるのに」
それを言われてようやく、陽真の動きが一瞬止まる。
驚いているわけでも、恥ずかしそうにするわけでもない。
本人はきょとんとしたまま。
「サッカー好きな子が多くて嬉しい」
紬が言いたいことはそういうことじゃない。
私は髪を耳にかけ直しながら、目を伏せる。
改めて思った。
陽真はすごく素直で、ある意味で無防備だ。
「ねぇ、一発殴っていいと思う?」
唐突に振られた質問。
だけどその言い方は、まるで「今日は雨が降りそうだよね」くらいの軽さだった。
紬が明らかに怒っているのに、口元が楽しそうに動いていて、
本気の怒りじゃなくて、どうしようもない天然さに対する軽い暴れたくなる気持ち。
「さぁ、どうだろうね」
あくまで他人事のように、言葉だけを差し出す。
たとえ止めても紬は止まらないし、賛同して彼女の背中を押すつもりもない。
「どうだろうって、止めてくれよ」
軽く慌てながら笑う陽真の声が響く。
今ようやく、自分が“何かやらかしたらしい”と気づいたみたい。
けど、もう遅い。
「すぐに終わるから、1発だけ殴らせろー!」
紬の声はどこか愉快そうで、完全にイベント感覚。
「嫌に決まってるだろ!」
椅子の音を立てて、彼が立ち上がって逃げる。
紬が机を迂回して追いかけ、廊下からの視線まで集めているのに気づいていない。
…というか、気づいていても止める気がないんだろう。
「こら、逃げるなー!」
教室内が一気に騒がしくなる。
……まったく。
今朝も朝からエネルギーに満ちていて、ある意味ではうらやましい。
追いかけっこが展開される中、私は椅子に深く腰をかけ直し、静かにカーテン越しに朝の日差しを見上げる。
「朝から賑やかでいいなぁ」
自然とこぼれた本音だった。
騒がしいけど、嫌いじゃない。
それくらいには、私はこの日常に馴染んでる。
「呑気なこと言ってないで助けてくれよ!」
にぎやかな朝。うるさいくらいの声。止まらないやりとり。
どこか心地いいのも事実だった。
ちゃんと笑えてるこの空気が、ちょっとだけ、私は好きだ。
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