第5部 第21章:旅の軌跡と自己の探求の区切り

 職人都市での依頼解決を終え、マイルームに戻ってきた。都市の動力機構という巨大な難問を、ヴァラノールの技術を応用したアイテムで見事に解決できた。それは、ものづくり便利屋としての俺の評価を確立し、同時に、ヴァラノール文明や自身のスキル、そして異世界のシステムの謎に、さらに深く迫るきっかけとなった。エリック氏から受け取ったヴァラノール関連の素材、地図、そして技術書庫へのアクセス権は、今後の探求に不可欠なものだ。


 この職人都市での経験は、これまでの旅の集大成のようだった。アバンシアでの異世界生活の始まり、アイアンフォージでの古の知識との出会い、ポートロイヤルでの情報収集と追跡者の影、そして今回の難問解決を通して、俺は異世界での「おひとりさま」としての生き方を見つけ、それを確立してきた。便利屋として人助けをすることの喜び、異世界の素材と現代知識を融合させてものづくりをすることの楽しさ、そして、ヴァラノール文明や自身のルーツといった謎を探求することの面白さ。これらは全て、かつて現代日本で、人間関係に疲れ果て、ただ一人になりたいと願っていた頃の俺には想像もできなかった生きがいだ。


 マイルームの広い作業スペースに、これまでの旅で収集した全ての情報とアイテムを広げる。アバンシアの古い図書館で得た断片的な記述、アイアンフォージの石版、ポートロイヤルで手に入れた金属板と情報、ヴァラノール文明の遺跡で発見した技術記録、職人都市で得たヴァラノール関連の素材と地図、そして、追跡者「影」に関する断片的な情報。これらを、マイルームの高性能設備、高精度複合解析装置や蔵書管理システムを使って、統合的に解析する。まるで、これまでのプロジェクトで収集した全ての関連資料を、データウェアハウスに集約し、分析ツールで全体像を把握しようとするかのようだ。


 ヴァラノールの技術記録と、俺のスキル、『拠点創造&移動』、『空間収納』、そして『現代知識の適用』。これらは深く関連していることが、解析によって改めて明らかになった。ヴァラノール文明は、異世界の空間とエネルギーを操作する高度な技術を持っていた。彼らは、異なる次元を結びつける「門」を創造し、エネルギーの流れを制御するシステムを構築しようとしていた。そして、俺のスキルは、そのヴァラノールの空間技術の応用、あるいは派生である可能性が極めて高い。マイルームも、ヴァラノールの「門」の技術を応用した、移動可能な空間拠点であると推測できる。


 そして、ピコ。ピコがヴァラノール関連のエネルギーや情報に強く反応する理由は、ピコ自身が、ヴァラノール文明の技術によって生み出された存在であり、異世界の「世界のシステム」の一部に関わる、何らかの重要な「モジュール」である可能性を示唆している。ピコの愛らしい姿からは想像もできないが、ピコは、この世界の根幹に関わる存在なのかもしれない。ピコとの出会いは、単なる偶然ではなかったのだろうか。


 俺自身が異世界に転移した理由についても、ある程度の結論が見えてきた。ヴァラノール文明が構築しようとしていた世界のシステムが、何らかの理由で不完全なまま滅亡した。そして、そのシステムを維持、あるいは再構築するために、特定の資質を持った存在が必要とされた。俺の持つ『現代知識の適用』スキルは、異世界の技術と現代知識を融合させ、ヴァラノールの失われた技術を「起動」あるいは「応用」することを可能にする。つまり、俺は、ヴァラノールの技術、あるいは世界のシステムによって、「選ばれた存在」として異世界に転移した可能性がある。それは、世界の命運に関わるような壮大な使命というよりは、システムのメンテナンス要員、あるいはアップグレードモジュールとして招集された、といった方が感覚としては近い。SEとして、システムのバージョンアップや、レガシーシステムの改修プロジェクトにアサインされた時のように。


 しかし、この結論に、義務感や使命感といったものは伴わない。俺は、誰かに強制されて異世界に来たわけではない。自分の「一人で自由に生きたい」という強い願いが、異世界のシステムと共鳴し、この転移という結果に繋がったのかもしれない。そして、与えられたスキルは、その「一人で自由に生きる」という願いを叶えるためのものだった。マイルームという安全な空間、空間収納による自由な移動、そして、ものづくりによる自己実現。これらは全て、俺の願望に応じた、異世界からのギフトだ。


 「おひとりさま」として異世界で生きていくことの意味を改めて見出す。かつて、人間関係の煩わしさに疲れ果て、逃げるように異世界に来た。しかし、異世界での「おひとりさま」生活は、孤独ではない。ピコというかけがえのない相棒がいる。便利屋として、一時的ではあるが、人々と関わり、感謝される喜びを知った。ものづくりを通して、自分の手で何かを生み出し、それが誰かの役に立つという達成感を得た。そして、ヴァラノールや自分自身の謎を探求することで、知的な充足感と、自己理解を深める面白さを知った。これらは全て、異世界での「おひとりさま」だからこそ、自分のペースで、自分の興味の赴くままに追求できることだ。過去の仕事では、組織の都合や、他者の期待に応えることが最優先だった。しかし、ここでは、俺自身の「知りたい」「作りたい」「役に立ちたい」という純粋な欲求が、旅の原動力となる。


 自身が異世界に来た理由や、スキルの正体について、ある程度の理解を得たことで、一つの探求には区切りがついた。世界のシステム全体を完全に解明できたわけではないし、ヴァラノールの技術の全てを理解したわけでもない。追跡者「影」の真の目的も、まだ明らかではない。しかし、現時点で得られた情報で、俺は十分に納得できた。俺は、異世界のシステムの一部として、ここに存在する。そして、その存在は、俺自身の願いによって形作られたものだ。


 マイルームのカフェエリアで、ピコと共にコーヒーを淹れる。芳醇な香りが空間に広がる。ピコは、俺の膝の上で丸くなり、満足そうに鳴いている。ピコが傍にいること。それだけで、心が満たされる。人間関係の煩わしさはもういらない。しかし、ピコのような、心を通わせられる存在は必要だ。一人と一匹。これが、俺にとって最高の形だ。


 異世界は広大であり、まだ見ぬ場所、未知の技術、珍しい素材、そして、俺のスキルやものづくりが役立つ難問が、きっとたくさんあるだろう。ヴァラノール関連の地図には、まだ訪れていない場所がいくつも記されている。職人都市の技術書庫へのアクセス権があれば、さらに深い知識が得られるはずだ。今回の探求で得た「ある程度の結論」は、物語の終わりではない。むしろ、それは、今後の旅を、より自由に、より面白くするための、新たな始まりだ。


 「よし、ピコ。一段落ついたな。これまでの旅で、俺たちのことが少し分かったぞ。でも、異世界はまだまだ広い。もっと面白いものが見つかるかもしれないぞ。」

 ピコは、俺の言葉に反応して、体全体を光らせた。「ぴこぴこ!」と、新しい冒険への期待を表している。


 これまでの旅で得た全ての経験、知識、そしてピコとの絆を胸に、俺は異世界での「おひとりさま」生活を完成させた。それは、過去の自分では考えられなかった、充実した生き方だ。そして、自己のルーツに関する探求に区切りをつけ、新たな視点を得た今、俺の旅は、さらなる深部へと続いていく。ものづくりと探求を通して、異世界の未知を解き明かす。ピコと共に、自由に、気ままに。

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