第45話 心の深淵


一つになった貞子は、まるで重い鎖から解き放たれたかのように、古びた井戸にもたれかかるようにして意識を失いました。外の世界の音は遠ざかり、彼女の意識は深い闇の中へと沈んでいきます。しかし、それは静寂ではなく、無数の声が渦巻く、新たな領域の始まりでした。

貞子の目の前に広がったのは、どこまでも続く暗い空間。その中心に、もう一人の貞子——抜け殻となっていた彼女の姿が、ぼんやりと浮かび上がっていました。その表情は、以前のような冷酷さではなく、深い悲しみを湛えています。

「ようこそ…私の心の中へ」

もう一人の貞子の声は、響くというよりも、貞子の心に直接語りかけるようでした。恐怖はなかったものの、貞子はその声に、言いようのない重苦しさを感じます。

「これが…あなたの過去なの?」

貞子の問いに、もう一人の貞子はゆっくりと首を振りました。

「いいえ…これは、私たちが共有してきた、そして私があなたに伝えたかった、悲惨な記憶の全てよ」

その言葉と同時に、暗い空間にいくつもの映像が浮かび上がりました。それは、まるで断片的な夢のように、次々と貞子の意識に流れ込んできます。

最初の映像は、明るい日差しが降り注ぐ、のどかな村の風景でした。そこで無邪気に笑う、まだ幼い自分。両親と手をつなぎ、花畑を駆け回る姿。幸福そのものに見えるその光景は、貞子の胸を締め付けました。こんな穏やかな日々が、自分にもあったのかと。

しかし、次の瞬間、映像は一変します。村を襲う突然の嵐。空は鉛色になり、海は荒れ狂い、人々はパニックに陥って逃げ惑う。無力な自分が、ただ恐怖に怯える姿。両親とはぐれ、たった一人、崩れゆく家の中でうずくまる。

そして、最も心を抉られる映像が続きました。井戸の底に落ちていく自分。暗闇、冷たい水、息ができない苦しみ。絶望的な孤独の中で、助けを求めても届かない声。そこで感じた、裏切りにも似た、深い深い憎しみ。自分を置き去りにした世界への、激しい怨嗟。その感情が、映像を通して貞子の心に直接流れ込んできました。

「見て…これが私の、そしてあなたの過去…」

もう一人の貞子の声には、諦めと、そして狂気にも似た悲しみが混じっていました。貞子の視界は、憎悪と絶望の映像で埋め尽くされ、自身の心が徐々に、その負の感情に飲み込まれていくのを感じます。身体が冷たくなり、思考が鈍っていく。まるで、あの井戸の底に引きずり込まれるように、意識が遠のいていくようでした。

「そう…この憎しみに、あなたも染まるのよ…」

もう一人の貞子の声が、遠くから聞こえるかのように薄れていく中、貞子の意識は、深く、深く、闇へと沈んでいきました。

貞子はこの深淵の中で、自分自身を取り戻すことができるのでしょうか?

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