第41話 姉妹の祈り


栞の目からこぼれる涙は、なかなか止まりませんでした。カフェの扉がカチリと閉まる音だけが、心にぽっかりと空いた穴に響くようです。心配でたまらないけれど、貞子の決意は固い。栞は、震える指でスマホを取り上げ、舞子に電話をかけました。声は少し震えています。「舞子姉さん…貞子さん、一人であの井戸に向かったみたい…」。

遠く離れた博多湾の沖で、舞子は夕焼けに染まる海を見つめていました。足元の岩場に置かれた、不思議な模様の古い石。それは、この場所の「海門」を封印する大切な核。長い時間が経ち、その力は弱まっているのを感じます。舞子はそっと目を閉じ、自分の奥深くにある羽田の血の力を、ゆっくりと石へと送り込みました。石の表面が、じんわりと温かくなっていくようです。「もう少し…これで、きっと大丈夫」。舞子は心の中で、何度も何度も唱えました。「栞…そばにいてくれたら、心強いのに…」。

栞からの電話が、舞子の耳に届きました。心配そうな栞の声を聞き、舞子は少しだけ心を痛めます。「そうか…貞子は一人で…」。舞子は、今自分がしていることの重要性を、改めて感じていました。この海門の修復を終わらせなければ、また新たな災いが起こるかもしれない。それは、かつての貞子のような悲しい運命を繰り返すことになるかもしれないのです。

「栞、ごめんね。今、どうしてもここを安定させないといけないんだ」。舞子の声は、いつもより少しだけ力が入っていました。「それが、今の私の使命なの。でも、それが終わったら、すぐにそっちへ行く。一緒に、貞子の力になりたい」。

舞子の言葉を聞いた栞は、涙を拭いました。舞子の強い思いが、電話越しにも伝わってきます。「うん、舞子姉ちゃん、わかった。私もここで、できることをする。早く、この場所が落ち着くといいね」。二人の心は、離れていても強く繋がっていました。

舞子は、栞の言葉に励まされ、再び石へと意識を集中させます。ゆっくりと、しかし着実に、石は温かい光を取り戻し始めました。遠い空の下、貞子が一人で進んでいるように、舞子もまた、自分の信じる道を進んでいる。そして、いつかきっと、みんなで力を合わせることができると信じて。

しばらくして、舞子は修復を終え、急いで港へと戻りました。夕闇が迫る中、波止場の先に、小さく揺れる栞の姿を見つけます。「栞!」舞子の声が、海風に乗って栞の元へ届きました。

「舞子姉ちゃん!」栞は、舞子の姿を見つけると、駆け寄ります。二人は言葉少なに抱きしめ合いました。お互いの温もりを感じ、ようやく少しだけ、張り詰めていた心が緩みます。

「貞子の力になりたい気持ちは、すごくわかる」。舞子は、栞の目を見つめて言いました。「でも、今はこの場所を安定させることが、私にできる一番大切なことだと思うんだ。それが、結果的にみんなを守ることにも繋がるはずだから」。

栞は、舞子の真剣な眼差しに頷きました。「うん、私もそう思う。舞子姉ちゃんが頑張っていること、ちゃんと伝わってくるよ。私もここで、舞子姉ちゃんを信じて待ってる」。

二人は、それぞれの場所で、それぞれの祈りを捧げていました。遠く離れた貞子の無事を願いながら、そして、再びみんなで笑い合える未来を信じて。舞子と栞は、力を合わせ、目の前の使命を果たすことを誓い合ったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る