裏切り、ダメ


「は?」


ドスの効いた声だった。

無悪善吉は彼女の地雷を踏んだかの様に思えた。

だが逆に、無悪善吉の予想通りの反応だと思って笑った。


「俺だったら、四六時中命を狙われるなんざ真っ平ゴメンだぜ」


竜ヶ峰リゥユと言う存在は、一度手合わせをすればその実力は良く分かる。

彼女に追い廻される様な事があれば、それこそ命が幾つあっても足りないだろう。

無悪善吉は彼女を敵に回したくはないと思った。


「だから、オメェの事は裏切らねぇよ、俺はな」


それが無悪善吉が竜ヶ峰リゥユに伝えたかった事であった。

彼女は、他者に対する恨みは、自分自身の信頼を裏切る様な真似をする者に対してである。

それは逆を言えば、竜ヶ峰リゥユが一番恐れている事に他ならないのだ。

竜ヶ峰リゥユは目を丸くしていた、さも当然の様に言う言葉だが、彼女は無悪善吉を馬鹿を見る様な目で言い返す。


「……普通の人間は、裏切る様な真似はしないんだけど」


正論を突き付けられた無悪善吉は暫く沈黙した末に。


「……それもそうか」


常人ならば、約束は守る。

それが破綻してない内容であれば、に限るが。

無悪善吉が言った事は即ち、普通の事を、普通に言っているだけに過ぎない。

そんな無悪善吉の表情を見て、竜ヶ峰リゥユは笑った。


「……ばーか」


そして、竜ヶ峰リゥユは、懐に手を伸ばすと、ガムを一粒取り出した。


「ガム、いる?」


彼女の施しは、無悪善吉の慰めと言うものだろう。

無悪善吉は何も言わず、ただ手を伸ばして彼女からガムを受け取ると、二人して口の中でコーラの味を感じながら、廊下で咀嚼音が響く。


「……リリス、大丈夫かな」


ふと、心配する様に、幽谷りりすの事を思い浮かべる竜ヶ峰リゥユ。

部屋の奥では、幽谷りりすの異変を調べる呉白蘭が話し込んでいた。




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