禍遺物、手に入れる


「は?……聞いてねぇんだけど?」


顔を蒼褪めながら、無悪善吉は言った。

一体、誰の許可を得てこれを装着したのか。

死に繋がる道具を、自分に付けた事を言及しようとしたのだが。


「ねえ、前、見て」


竜ヶ峰リゥユが二人に声を掛けた。

砂漠地帯は平面だった、その先には、人影らしきものが見えていた。

しかし、その大きさは小さい、暗い空から降り注ぐ光が示すのは、赤色の肌をした筋肉質の化物だった。

だが、無悪善吉は一瞥した末に幽谷りりすに騒ぎ立てる。


「おい、これ外したら死ぬのか?なんでそんなもん取り付けた?」


そんな無悪善吉に、竜ヶ峰リゥユは首根っこを掴んで剥がした。

幽谷りりすに構うよりも、大事な事があるだろうと、竜ヶ峰リゥユは叫んだ。


「禍霊っ、戦闘準備ッ!!」


竜ヶ峰リゥユの肩に乗っていた調伏済禍霊、辰籠の口から白色の槍を吐き出させた。


「さ、無悪くん、戦闘、頑張ろうね!」


幽谷りりすは、両手を握り締めて拳を作ると、二人の戦闘を応援する。


「あ!?お前、話がまだ、ってか、お前は戦わねえのかよ!!」


無悪善吉は幽谷りりすにそう叫んだ。

彼女が戦闘に参加しない事に疑問を覚えていたのだが。

代わりに、竜ヶ峰リゥユが彼の背中を押して言う。


「別に良いでしょ、リリスは基本的に戦闘タイプじゃないから」


「じゃあ何タイプだよ」


無悪善吉の質問に、竜ヶ峰リゥユは目を背けながら答えた。


「……戦闘後に癒してくれるタイプ」


「そんな俺でも出来るわ、頭撫でた後に『お疲れ様、よく頑張ったね』って褒めてやるわ」


無悪善吉は手首を軽く回して戦闘準備を始める。

無悪善吉の精一杯のイケメンボイスを聞いた竜ヶ峰リゥユは顔を顰めた。


「訴訟」


「其処まで酷くねぇだろ?」


困惑する様に無悪善吉は言うが、敵が此方に近付いて来るのを確認すると、意識を切り替える。


「話は後だ、今は、ぶっ殺してやらァ」


そう無悪善吉は叫んだ。


無悪善吉は掌から泥を噴出させた。

此方へと迫って来る化物。

体型は人間と同じ、二足歩行で、二つの腕を持つ。

ただ、その腕は兎に角肥大化していた。

人間の胴体と同じ位の太さをした二の腕。

腕を大きく振るい、牙を剥いて接近する。


数は十体程だろうか、しかし、無悪善吉は恐れる事無く拳を構えた。

集団での戦闘など、不良として活動していた無悪善吉にとっては慣れたものだった。


化物が岩石の塊かの様な腕を振り上げて攻撃する。

その筋肉量、其処から発生する衝撃力と膂力は人間の骨を軽く折る事が出来るだろうが、しかし無悪善吉は相手の攻撃を目で見切る。


腕が太い分、攻撃の動きが緩やかであり、腕の軌跡を呼んでいれば避けれない程では無い。

無悪善吉は相手の攻撃を避けると共に呪いの泥を相手に叩き付ける。


「ぎゃばッ」


相手の顔面を殴った瞬間、しゅぅぅ、と音が鳴った。

化物の顔面に泥が付着すると、其処から酸が発生しているのか溶けていた。


顔を片手で抑えながら、もう片方の手で無悪善吉を攻撃しようとする。

その腕を掴むと、掌から発生する泥によって腕が灼ける音が響いた。

そのまま、化物を背負うと共に、無悪善吉は化物を一本背負いする。


「おらッ!!」


叫び、無悪善吉は砂の上に叩き付けた。

これがアスファルトの上ならば一撃で敵を倒せたが、砂の上なので衝撃が分散されて有効打にはならなかった。


だが、相手が倒れた後、無悪善吉は足を大きく上げると、相手の顔面に向けて何度も何度も靴底を叩き付ける。

ぐしゃり、ぐしゃ、と、顔面の骨が砕ける様な音が響き、傷口から黒い煙が発生する。


「死ねやァ!!」


叫ぶと共に渾身の蹴りを化物の頭部にに向けて放つ。

子供の頃、全力でサッカーボールを蹴って追い掛けていた頃を思い出すかの様な、それ程の強い力で、思い出を穢す様に蹴り上げた。

その一撃を受けると、化物の肉体が爆散した。

しかし、肉体が飛び散った、と言う感覚では無く、風船が破裂した様な、内部の空気が飛び散る様に、黒い煙が烈しい破裂音と共に散ったのだ。


「げほッ、んだ、これッ!?」


無悪善吉は、相手が毒霧でも放ったのかと思い、口元を手で覆う。

しかし、その光景を見ていた幽谷りりすは無悪善吉に補足する様に言った。


「大丈夫だよ、無悪くんっ!!それ、禍霊の消滅反応だからッ!!」


消滅反応。

その言葉から察するに、敵を無力化した、と言う事なのだろう。


無悪善吉は軽く腕を回しながら周囲を見回す。


「へ、楽勝だぜ」


そう言いながら次の獲物を探そうとした最中。


「……ん?」


無悪善吉は、既に複数の消滅反応である黒い煙が狼煙の様に空へ昇っている光景を複数目にした。

その狼煙を作り上げている人物が、無悪善吉の方に視線を向ける。


「ああ、一体、倒したんだ、こっちはもう終わったけど?」


十体居た筈の化物は、無悪善吉が一体、相手をしている内に、竜ヶ峰リゥユは九体を速攻で斃していた。


「あ?」


竜骨の槍を軽く振り回しながら、竜ヶ峰リゥユは視線を無悪善吉に向ける。


「なに?」


二人の喧嘩が勃発しそうになった時。

慌てる様に幽谷りりすが間に割って入った。


「さ、無悪くん、禍遺物の続きだけど、これっ」


そう言って、無悪善吉に砂の上に落ちているものを渡した。

黄金に輝くそれを無悪善吉は受け取ると、光物を発見して目を丸くしていた。


「これ、指環か?」


金色に輝く指環を見詰めながら、無悪善吉は聞いた。


「そう、それが禍遺物だよ」


幽谷りりすはそう言うと、無悪善吉は周囲を見回した。

光によって反射する禍遺物が、目を凝らして見ると確かに複数存在している事に気が付く。


「マジかよ、と言う事は、ここにある奴全部か?」


そう言いながら、無悪善吉は腰を落として指環を丁寧に回収し始めた。


「じゃあ全部、取っておかねぇと、店長の野郎、マガイブツが欲しいんだろ?」


そう言った。

無悪善吉が百億の借金を払うまで、呉白蘭の下で働く事が条件となっていた。

彼ら、〈鴉〉の仕事は、禍遺物を蒐集し、呉白蘭の元へ送り届ける事である。

だから、一気に十個の禍遺物を回収する事が出来て、無悪善吉は思わず笑みを綻ばせた。

しかし、他の二人は無悪善吉と同じ気持ちでは無かった。

溜息を吐く竜ヶ峰リゥユに、ほのかに生暖かい目で無悪善吉の行動を見守る幽谷りりすの二人。

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