零の誓い・転生編 ―転生したばかりなのに、国家に命を狙われてます―
久留間猫次郎
第1話 転生刑事、異世界に現る
──風が、静かに吹いていた。
空は薄く青みがかり、どこか滲んだように霞んでいる。
けれどそれは、地球の空とは違った。
見上げた瞬間、肺の奥にずしりと重みが落ちてくる。
空気そのものが、異質だった。
地面はざらついていて、熱も冷たさもない。
なのに、足の裏から微かに伝わってくる。
大地の鼓動のような──かすかな脈動。
「……っ」
かすれた息が漏れる。喉が焼けるように乾いていた。
意識が、まだぼんやりと霧の中にある。
それでも、俺は──風間隼人は、目を覚ました。
確かにここではない“どこか”で。
「……ここは……どこだ……?」
首筋に汗が張りついている。じっとりと、生々しい現実感。
俺はゆっくりと身体を起こした。
視界の端に、石造りの建物が見えた。
赤褐色の屋根、白く風化した壁。
軋む石畳の上を、馬車が音を立てて進む。
煙突から立ちのぼる煙が、空に溶けていく。
……これは夢じゃない。少なくとも、**知ってる世界じゃない。**
すれ違う人々は、粗野で逞しい。
背が高く、骨太で、皮の装具を身につけている。
誰もが、どこか“戦い慣れている”雰囲気を纏っていた。
(日本じゃない。……いや、地球ですらないか)
無意識に、そんな言葉が口の中で転がる。
そして──記憶が、ぶつ切りで蘇ってくる。
――警視庁。
――現場への単独突入。
――人質の悲鳴、交錯する怒号、そして……銃声。
――真っ暗な世界の奥から響いた、あの声。
『正義を貫く者よ。新たなる世界で、その魂を試みよ……』
あの瞬間、何かが俺を“連れてきた”。
気づけば、装備はそのままだった。
刑事用コート。ホルスター。バッジ。
血に染まった捜査手帳に、愛用の──ニューナンブM60。
(……夢なら、ここまではっきりしてねぇ)
ゆっくりと腰を上げる。体が……軽い。
地球の時よりも、明らかに軽快だ。
重力の違いか。あるいは……身体そのものが何か変わったのか。
いや、それ以上に気になるのは──
空気に、何かが混じっている。
見えない、でも確かに存在する“何か”。
大気が、かすかに脈打っているように感じる。
まるで、世界そのものが生きているような……異物感。
(この世界には、何かがある)
警戒を解くわけにはいかない。
俺はホルスターの感触を確かめ、相棒に語りかける。
(頼むぜ、相棒。異世界だろうが、守ってくれよ)
ふと、視線の先。
町の中心に、一際目立つ建物がそびえていた。
その正面に、堂々と掲げられた木製の看板。
──【○○○○】──
文字は読めない。だが、妙に引き込まれる雰囲気がある。
それはきっと、“秩序の匂い”だ。
「……まずは、あそこか」
空腹。喉の渇き。情報の欠如。宿の手配。
全ての優先順位を頭の中で並べ直す。
行動の基本は、まず「秩序ある場所」に身を寄せること。
見知らぬ世界でも、それは変わらない。
ふらつく足で歩き出す。
すれ違う人々は俺の存在に、ほんの一瞥をくれるだけだった。
この世界には、俺のような“異物”も珍しくはないのかもしれない。
──だが、俺は知っている。
本当の危険は、常に“見えないところ”に潜む。
背筋を伸ばす。
地球で叩き込まれた感覚が、ここでも自然と働く。
(風間隼人──警察官。異世界だろうと、俺は俺を貫く)
そして俺は、知らぬまま──その建物の扉に、手をかけた。
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