第2話 ぎこちない挨拶と、興味のベクトル
翌朝、教室のドアを開ける手が、ほんの少しだけ重かった。
昨日、白石さんとあんな風に話してしまった手前、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
平静を装おうとしても、きっと顔に出てしまう気がする。
「……はよ。」
自分の席に着くと、すでに陽菜さんは席についてノートを広げていた。
俺は、昨日より心なしかボリュームの小さい声で挨拶をする。
「あ、相川くん、おはよ!」
陽菜さんはパッと顔を上げて、昨日と同じ、太陽みたいな笑顔を向けてくれた。
「昨日は写真、本当にありがとう!早速、部屋に飾っちゃった。」
「えっ、飾ってくれたの?」
「うん!見るたびに元気が出る気がして。」
えへへ、と少し照れたように笑う陽菜さん。
その笑顔に、俺の緊張も少しだけ解けていくのを感じた。
(よかった、普通だ……)
いや、むしろ昨日より打ち解けた……のか?
少なくとも、避けられているわけではなさそうでホッとする。
授業が始まっても、俺はどうにも隣が気になって仕方なかった。
シャーペンを走らせる音、教科書のページをめくる指先、時折、長い髪をさらりと耳にかける仕草。
その一つ一つが、やけに意識に引っかかる。
(……集中しないと)
自分に言い聞かせるけれど、一度動き出した心臓は、なかなか言うことを聞いてくれなかった。
休み時間になると、案の定、親友の高橋健太がニヤニヤしながら俺の席にやってきた。
「よお、翔太。なんか昨日から雰囲気変わったんじゃねーの?隣の白石さんと。」
「なっ……!べ、別に何も変わってねーよ!」
俺は慌てて健太の口を塞ごうとする。
声が大きいんだ、こいつは。
「またまたー。顔、赤くなってんぞ?」
「なってない!」
こういう時、健太の鋭さは厄介だ。
俺が否定すればするほど、面白がって突っ込んでくる。
幸い、陽菜さんは少し離れた席で友達と盛り上がっていて、こちらの会話は聞こえていないようだった。
「まあ、白石さんみたいな美少女と隣になれたんだ、せいぜい頑張れよ、青春ボーイ。」
「だから、何もねーって……。」
健太は意味深な笑みを残して自分の席に戻っていった。
まったく、余計なことを……。
「……あのね、相川くん。」
健太とのやり取りで疲弊していた俺に、不意に陽菜さんが話しかけてきた。
「さっき健太くんと話してたけど、どうかした?」
「え?あ、いや、なんでもない!本当になんでもないから!」
全力で首を横に振る俺を見て、陽菜さんはきょとんとした顔をしていたが、すぐに話題を変えてくれた。
「そっか。……そうだ、昨日の写真のことなんだけど。」
「うん。」
「やっぱりすごく綺麗で……あれって、どうやったらあんな風に撮れるの?夕焼けとか、あんなに優しい色になるんだって、びっくりしちゃった。」
キラキラした瞳で、純粋な疑問をぶつけてくる。
写真に興味を持ってくれるのは、素直に嬉しい。
「えっと……まあ、カメラの設定とか、光の当たり具合とか、色々あるんだけど……。」
俺は少し照れながらも、絞りやシャッタースピードといった基本的なことから、夕焼けを撮る時のコツなんかを、できるだけ分かりやすく説明した。
専門用語を使いすぎないように、言葉を選びながら。
「へえー!すごい!全然知らなかった!」
陽菜さんは、目を輝かせながら俺の話に聞き入っている。
その真剣な表情を見ていると、こっちまで熱が入ってきた。
「カメラって、奥が深いんだね!なんだか面白そう!」
「……うん、面白いよ。ファインダーを覗いてると、普段見過ごしてるような景色も、特別に見えたりするから。」
「ふーん……。」
陽菜さんは何か考えるように、窓の外に視線を向けた。
そして、思いついたように俺に向き直る。
「ねえ、今度、相川くんが写真撮ってるところ、見てみたいなっ。」
軽い口調だったけど、その言葉は俺の心にストレートに響いた。
「え……?」
「あ、だめ……かな?邪魔だったら、全然気にしないで!」
慌てて付け加える陽菜さん。
「いや、そんなこと……ない、けど……。」
(俺が写真を撮ってるところを、白石さんが……?)
想像しただけで、また顔が熱くなるのが分かった。
その日の放課後、俺はいつも通り写真部の部室へと向かっていた。
廊下の窓から差し込む西日が、床に長い影を作っている。
カバンの中には、愛用の一眼レフ。
その重みが、今日はいつもより少しだけ、心地よく感じられた。
(見てみたい、か……)
陽菜さんの言葉が、頭の中でリフレインする。
自然と、口元が少しだけ緩んでいることに、俺はまだ気づいていなかった。
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