媒体選択

春の陽気が窓から差し込む中、僕たちは講堂に集められていた。

 机の上には、ずらりと並んだ様々な媒体たち──杖、指輪、腕輪、短剣、その他にも、変わった形のものまであった。

 前に立つのは、レオネル先生。

 彼は黒板に「即身結界」と大きく書きつけたあと、僕たちをぐるりと見渡した。

「魔法を使うには、身体を覆う“即身結界”を突破する必要がある。通常、この結界は体外からのマナの過剰な侵入を防ぐことで人体を守っている。だが逆に言えば、媒体なしに、結界を通過させマナを外に出すことは、容易ではない」

 先生の声は静かだが、一言一言が教室に重く落ちた。

「だからこそ──杖や指輪などの“媒体”が必要だ。これらは即身結界を通り抜ける“道”を作る。これを介せば、体への負荷を最小限に抑え、安全にマナを放出できる」

 黒板には、人の身体と即身結界、そして媒体を通して放たれるマナの流れが、簡潔に図示されていく。

「媒体選びは個性に左右される。お前たち自身が、最も扱いやすいものを選べ」

 その言葉に、教室の空気がふっと動いた。

 誰もが、静かな興奮を隠しきれないでいる。

 僕も──その一人だった。


 配布されたリストを片手に、僕たちは各自、展示されている媒体を見て回った。

「うお、これすげえ……」

 パウルスは、柄が太くがっしりした杖を手に取り、重さを確かめている。

「戦闘型だな。丈夫そうだ」

 隣で、カエリウスも無造作に腕輪型の媒体を手に取った。

 彼が選んだのは、鋼鉄の光沢を持つ、ごくシンプルなものだった。

 見た目に華美さはない。でも、無骨な強さがそこにあった。

(……みんな、それぞれだな)

 僕は、そっと指輪に手を伸ばした。

 それは細身で、銀色の光を帯びたシンプルなリングだった。

 表面には、ごく細い線で幾何学模様が刻まれている。

(これなら……動きやすいかも)

 僕には、大きな杖を振り回す力はない。

 なら、素早く、細かい動作に適したものがいい。

 指輪を指にはめると、ひんやりとした感触が、すっと馴染んだ。

「キリヌス、それにしたのか?」

 パウルスが興味深そうに覗き込んできた。

「うん。小回りが利きそうだから」

「へえ、似合ってるじゃん」

 にっと笑う彼に、僕も少し照れくさくなった。

 カエリウスは何も言わず、ちらりと指輪を見てから、自分の腕輪を確かめるように指でなぞった。

 ──不器用だけど、ちゃんと考えて選んだんだろう。そんな気がした。


 選んだ媒体を使い、簡単な魔法演習が始まった。

「媒体を通して、マナを一点に集中させ、マナ操作による光球を生成せよ」

 レオネル先生の指示が飛ぶ。

 教室には、光の粒がいくつも浮かび上がった。

(よし、落ち着け……)

 指輪を通して、マナを流す。

 即身結界をすり抜ける感覚──朝の演習ではあんなに難しかったはずなのに、指輪を介した今は驚くほどスムーズだった。

 ぱっ、と、僕の指先に、小さな光球が灯る。

(……できた!)

 思わず小さく息を呑む。

 見れば、パウルスも、重たい杖を器用に操りながら、太めの光球を作り出していた。

 カエリウスは……小さいながらも、安定した光球を、ぴたりと宙に留めていた。

(みんな、それぞれのやり方で──)

 自然と、胸の中に温かいものが広がる。


 放課後、寮に戻ったあと。

 ヴァージルと顔を合わせた。

「おかえり」

 僕が言うと、ヴァージルは無言で杖を見せてきた。

 それは、無駄のない、まっすぐな一本だった。

 飾りも何もない。ただ機能だけを追求したかのような、シンプルな杖。

「それ、選んだんだ?」

 尋ねると、ヴァージルは小さく頷いた。

「結構いい感じ。」

 彼はそう言うと、軽く杖を振った。

 すると、周囲にふわりと、三つの幻影が現れた。

 それぞれ違う形をした、静止した幻影。

 細部まで精緻に作り込まれている。

(……やっぱり、すごいな)

 思わず見惚れた僕に、ヴァージルは特に誇る様子も見せず、ただ眠そうに欠伸を噛み殺しただけだった。

「お前も、指輪似合ってるよ」

 ぽつりと、そんなことを言って。

 それだけを残して、ヴァージルはベッドに倒れ込んだ。

空には三日月がぼんやりと浮かんでいた。



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