『異世界転移した私は、あらすじ頼りに家族と理想郷を目指します』
たっきゅん
第1話 異世界転移しました。
小さな鳥たちが飛び回る燕街道を馬車に乗り、揺られながら旅をする。まるで昔に憧れた冒険のようだ。荷台の後ろに座って足を投げ出し、眼前に広がった何も植えられていない畑に目をやれば、汗を流しながら鍬で耕している農夫が目に入った。
「
「はーい!」
そんな長閑な景色を楽しんでいた私の背中に、聞き慣れた安心感のある声が投げられた。返事をして振り向けば、4つ年上の兄である
「はいはい、お兄ちゃん。何かな?」
「もうすぐマリーノ村に着くけど――ここでは何があったんだ?」
荷台を移動して横に並んで座ると、
「えっと、特にはないかな。勇者ラビンが産まれた村ってだけの設定で作った村みたいだし」
村に近づいたからか、麦わら帽子を被った子どもたちが向日葵を片手に持ちながら追いかけている。何かしら不穏なイベントが発生している気配もないなとその様子を眺めながら、手帳のメモに目を走らせて答えた。
「勇者の育った村か。いい場所のようだけど……魔族に襲われたりする可能性もゼロじゃないよな?」
「あっ。その可能性もあるね。それに、燕街道に繋がっているなら冬は身動き取れないかも。『燕街道冬景色』の舞台だったし、この辺りもきっと大雪だよ」
マリーノ村は何もイベントのない村だったはずだが、確かに颯虎の言う通りで、この世界は物語通りのシナリオではない。そして、住居を構えるにもそれなりの覚悟がいる土地だった。
「なら日雇いで稼いで、また次の村か町へ移動だな」
「だねー。けど、とりあえず『月兎伝説』の進行具合は確認したいかも」
ここは私の書いた小説の世界らしい。と、いっても正確には私の書いた小説そのままな世界ではないが。そして、私の記憶はどうやら少し弄られている。神を名乗る存在によって――。
◆ ◆ ◆
小3の時に事故で両親を亡くした私は、兄、颯虎と二人暮らしで育った。父、母ともに有名な大企業で働いていたのでお金に不自由はしなかったし、悲しい気持ちにはなったが……そばにお兄ちゃんがいて寂しくはなかった。
「これで……完。っと」
「おつかれ、千景」
日本における裕福層ではあったが、とりわけ英才教育を受けていたわけではなく、学校へは行っていた。しかし、その境遇や資産によって憐れみと妬みの視線は感じており、クラスメイトとの距離は遠く、話題についていくために少し高い物を買えば悪意に晒された。そのたびに社交性の高い兄、颯虎が守ってくれたことで、表に出るようなイジメではなかったのだけれど……それでも学校では一人浮いて、そんな私は物語の世界に引き篭もるようになり、書籍からWebと読み漁った。けれど、読みたいお話を探すのがだんだんと面倒になり、そのうちに自分で小説も書き始めていた。
「ネットにはいつものようにあげるのか?」
「もちろん! 私の物語を読んでほしいからね!」
執筆が終わったタイミングを見計らったように声をかけてきた颯虎の質問には堂々と答えた。今、書き終えたのは冒険物語。剣と魔法のある世界を旅するやつだ。自分が楽しむために書いた小説だが、せっかく書いたのなら他の人にも読んで楽しい気持ちになってほしい。そんな気持ちで小説投稿サイトへと投稿をしていた。それを聞いた颯虎が「将来は千景先生って呼ばないといけないな」なんて茶化し半分、期待半分で言うもんだから、私はドヤるため、期待に応えるために頑張ろうと思えた。
けれど、そんな私の決意は14歳の夏、突然の来訪者の手によって無に帰すこととなる。
「――お前が
「おい、お前は誰だ。どうやってこの家に入ってきた! 今なら通報だけで済ませてやる。とりあえず出ていけ!」
澄んだ低い男性の声に振り向けば、室内だというのに後光で照らされてシルエットしかわからない人物が私たちの背後にいた。颯虎は私を庇うように立ちながら相手の姿が見えないがらも、そのシルエットを睨みつけて威嚇する。ここは高層マンション、地上35階の一室でセキュリティも万全。侵入者が入ってきたという連絡もない。そもそも向こうも初対面のようだが私を知っている感じが不思議だった。
「私は
「ふざけてるのか? ……千景、警察へ連絡を」
姿のはっきりと見えない人物は神を名乗った。当然、私たちがその言葉を信じるわけはなく、小声での颯虎の指示に頷いて110番通報を試みる。
「お兄ちゃん……県外になってる」
「なら警察庁のホームページだ。メールなり問い合わせフォームなり試して」
けれど、どういうわけか携帯電話は県外となっており……警察署へと繋がることはなかった。颯虎の背中に隠れてWi-Fiなら、インターネット回線なら連絡が取れないかと携帯電話を操作していたが、神はそれも知っているかのようにその間は沈黙を保っていた。けれど、私たちがどうすることも出来ないと覚悟を決めたタイミングで声を発する。
「要件を言おう。お前が書いた小説の中に異世界転移させてやる。今から一週間、好きなように物語を書け。ただしチート能力は与えない。もちろん小説の中身は忘れてもらうし、世界にそぐわない現代知識も封印させてもらう」
「……随分と上から目線じゃないか。従わなかったら?」
颯虎の声が気持ち弾んだ。非日常、そんな言葉が浮かぶ今の状況が、厨二病が未だに燻っている兄の中で再び目覚めたのだろう。下手なことを言い出す前に止めたかったが、この場面で言い合いをしても事態が好転するとは思えなかった。なので心の中で祈りながら二人のやり取りを見守る。
「この世界が滅ぶ。それだけだ」
「……滅ぶ? どうして? というより、なんで私が小説を書けばそれが防げるんですか!?」
世界の命運は私の選択に委ねられた! なんて、そんな重い話を急にされても困る。急じゃなくても困るが、それでもこの得体のしれない神から理由を聞かなければいけないと、直感が働いて颯虎の前に出てしまった。
「この世界の資源が未来で尽きるからだ。お前の書く小説は種になりえる。創造主は神たる私だが、手元に世界の種がなくてな。異世界転移と引き換えに種を作ってもらおうというわけだ」
「……もしかして、その異世界を侵略するつもりなの? そんな我が子を殺すような真似ができるわけないよ!」
「そうだ! もし俺たちのいる異世界が侵略されるのなら俺たちの命も危ないじゃないか!」
あくまで上から、私が物語の世界にもし入れたらなんて妄想していたことを現実にしてくれるという交換条件で、神は世界を創れという。私は小説の中を心配していたが颯虎の言葉でハッとした。そうだ。その異世界に転移するということは私の命も危ないのだ。
「安心しろ。小説、物語の終わった後に1,000年猶予をやる。というより、資源が尽きるのは1,000年後だ。それまでこちらからの侵略は心配しなくていい」
「――わかりました。書きます。すぐに取り掛かるので1週間後に来てください」
その返事に満足した神はスッと消えていった。それから私は自分たちが安全に暮らせるようなゆるい世界の、何も事件が起きないスローライフの物語を書いた。創造種の使いである水の精霊、ディーネが守護する集落で、黒髪の兄妹が何も事件が起きない穏やかな生活を送る。危険がないことはディーネが
「世界を創れと言ったわけだが……これは世界か? ただの村一つではないか! おまけにこの『生活水準は現代日本と同レベルのようだ』の一文はなんだ! こんな文章は消してやる! まったく、世界の種である生の気配がまるで感じられん! こんなものは種ではない!」
一週間後に現れた神が私の原稿に目を通すとその表情は怒りに染まった。書いていた私自身も感情が籠っていない、ただ舞台としての小説だなとは感じていた。その部分の叱責を神から受ける。これでは種にならないと、そう断言された。
「私が譲歩してやったというのにお前らは……、種なら幾らでもある。混ぜてしまえば良いのだ!」
神が本棚と机に手を翳すと仕舞ってあったノートが舞う。パソコンに手を翳すと画面が点滅を始める。それぞれ、ノートと画面から文字が溢れて神の手の中で真っ黒な球体となっていく。その球へと私と颯虎の体が吸い込まれーー。
◆ ◆ ◆
着の身着のままこの異世界へと飛ばされたのだ。もちろん自分が異世界転移したこと、その経緯は覚えている。神の言葉通りにチートもないのだろう。私の書いた小説は冒険モノが多い。内容が思い出せないのは物語を知っているのはチートになるからだろう。そんなどこに何がいるなどの情報も持たず、当然だが何も戦う手段を持たない私たちでは、生きていくことすら困難のはずだった。
だが――。
『ぷきゃー! ちょっとー! お酒が混じったじゃ〜あない〜』
「そんなところで寝ているからだと思うけど……」
ガタンと大きく馬車が揺れ、酒樽の蓋の隙間から葡萄酒が少しだけ噴出した。それを樽にもたれ掛かるようにして寝ていた水精霊のディーネが浴びた。そう、ディーネだ。私が最初に書いた小説に出てくる精霊である彼女が救ってくれたのだ。
『またそれ読んでるの~? そんな~、走り書きのメモなんて~、当てになんないわよ~?』
「いいの。
「てか、ディー。お前、酔ってるな?」
異世界に転移したのはあの村だった。神へと提出した『異世界転移した兄妹は穏やかな余生を過ごす』という作品が物語の始まりになったのは、私たちのための世界でもあると神が譲歩し、命を吹き込む約束をした核の物語だからだろう。それが幸いした。神の手で一つの物語となったためか、他の小説のあらすじをディーネは元タイトルと共に教えてくれたのだ。
『そう~? ならまた~、他の~、物語のあらすじも教えてあげるわぁ~……』
「はぁ。水精霊だからアルコールが直にまわるんだろうな」
「もうしばらく寝させてあげよっか」
私たちは旅の仲間であるディーネと、安全で住みやすく、快適な場所を探して旅をしている。この様々な物語が混じった世界でそんな場所があるかはわからないけど、地理的な問題や武力的な衝突のない。衛生管理が行き届いており、住民の倫理観も高い、そんな夢のような場所を探して。
人が歩く音、家畜の鳴き声、井戸端会議をしているご婦人たちの話し声。マリーノ村に着けば人々営みの音が聞こえてきた。
「異世界転移した私の世界で、あらすじを頼りに理想郷を目指します」
「ん? 急にどうした?」
荷馬車は村の道具屋までいくようで、村の様子を眺めながら、ふと、私たちの状況をタイトルっぽくしてみただけなのだが――。
「ううん。『異世界転移した兄妹は穏やかな余生を過ごす』ってタイトルの物語じゃあもうないし、もし、この物語にタイトルをつけるならそんなのはどうかなって」
それも悪くないような気がして、この旅に名を付けるならと颯虎に伝える。すると颯虎は「おいおい、それじゃあ俺がいなくなってるって。なら、『異世界転移した千景先生は、あらすじ頼りに兄と理想郷を目指します』にしよう」と呆れながら笑い、兄である自分もタイトルに入れてきた。
「ありがとうございました。これ、気持ち程度ですがよれば受け取ってください」
「おっ、悪いね。また縁があったら乗ってきな」
「はい! ありがとうございました!」
そうこうしているうちに村の道具屋に到着した。お礼を言って馬車を降りる。颯虎が無事に着けた礼と、またよろしくの意味を込めてお金を渡した。旅の資金はそれなりにある。最初からお金に困らないように元の小説を書いていたからだ。それは両親の遺産を頼りに子ども二人で生きてきた、元の世界での経験からでもあった。
「ま、なんとかなるさ。これまでもそうだったし」
「そうだね。ってか、さっきの話なんだけど、まだ私を先生呼ばわりしたいの?」
私は兄を、颯虎を信頼している。颯虎もそれと同等に、颯虎は私が小説家としての成功を信じているようだ。確かに投稿したての頃は書籍化作家に憧れた。もちろん、異世界転移をする前はそうなりたいと努力した。
「だな。千景の夢だろ? 異世界だろうが叶えてほしいと願ってる」
「はいはい。じゃあ、私も頑張りましょうかねー」
『ワタシも応援してるわよぉ〜』
正直、安全のことで頭がいっぱいだった。けれど、実際にこの村までの旅をして、異世界だろうがなんだろうが世界の大半は日常で構成されているのを知った。
どうやら夢は異世界でも叶えられる、かもしれない。そう信じている家族がいるのだから叶えるのだ。
「ならまずは、この道具屋でちゃんとした筆記用具なんかを書いたいんだけどいい?」
颯虎が嬉しそうに「もちろんだ」と頷き、応援してくれたはずのディーネは颯虎の鞄から赤らめた顔を出して『早くしなさいよね〜。ワタシは宿で休みたいんだから〜』と急かした。まだ酔いは抜けないようだ。
『異世界転移した私は、あらすじ頼りに家族と理想郷を目指します』
二人を見ていたらそんなタイトルが浮かんだので、メモ帳に殴り書きをしてから道具屋の扉を開けた。
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