世界でクリアしたのが俺しかいない大人気高難易度エロゲで何の能力もないモブ悪役に転生したけど、ゲーム知識でクリアします

憂木 秋平

第1話 無理ゲー転生

 声が聞こえる。


『いきなりだけど、君は、神様の箱庭というゲームの世界に転生した』


 何処か遠くから、夢の中で語りかけられているように。


『残念ながら、モブの悪役で何の能力も付与することはできなかったけど──』


 ……ちょっと待て、あまりにも散々すぎるだろ。異議を唱えようとしたが、声は俺の事など意にも介さず話を続ける。


『でも、気を落とさないで、主人公の引き立て役に徹することをおすすめするよ、だって──』


 少し間が空く。嘲るように、それでいて何か大きな願いをこめるように


『──このゲームのTRUEエンドに辿り着けなかったら、君は死んじゃうんだから』


 死ぬ?……頭が情報を処理する前に、声はどんどん離れていく。


『さあ、もう起きる時間だ。期待しているよ、律君』


 海の底から浮上するかのような奇妙な感覚を伴って目が覚めた。飛び込んできたのは、夕焼け色と、見慣れない教室と、白衣を着た美少女。


「どうしたんだい律君、私の事をまじまじと見つめて」


 少し気怠げで、呆れているようにも聞こえる声を、目の前の白衣の美少女……そう部長が発した。


 あまりにも不思議な感覚だった。俺は、この教室の事を何も知らない。窓から見える夕焼け色に染め上げられた町並みも、あまりにも近くに見える山も、もちろん見覚えがない。だというのに、俺は目の前の人が俺の所属する部活の部長だという事を知っているし、俺がこの学校の二年B組に通っていると言う事も知っている。クラスメイトの名前も知っているし、自分が学校近くの寂れたアパートに一人で暮らしている事も知っている。


「……無視か?大事な活動中に居眠りをしただけでなく、部長である私を不躾にも眺め回した挙句、無視か?」


 必要最低限の知識だけを埋め込まれたような感覚……これが転生?


「……おーい」


「あのっ!」


 自分でも意外なほど大きな声が出た。思っているよりも動揺しているのかもしれない。


 部長が目をパチクリさせ、グラウンドの方から運動部の声が、廊下の方からは吹奏楽部の演奏がほのかに聞こえる。変にできてしまった間を誤魔化すように俺は苦笑いを浮かべて言った。


「トイレ行ってきます」


「……そ、そうか。腹が痛かったのか。なんか……ごめんな」


 一人、納得した部長を置いて、俺は教室を出た。


 迷うこともなくトイレに辿り着き、個室に入り鍵をかけて、ようやく一息つく。とりあえず、状況をまとめる時間が欲しかった。とはいえ、分からない事が多すぎて、逆に現状は至ってシンプルだ。


 神様の箱庭というゲームをクリアする。主人公の情報も頭にある。クラスメイトの神藤学だ。要は、この神藤を悪役として上手くサポートしてクリアまで導いてやればいいだけのこと。ただ、問題が二点ある。一つは、俺が何の能力もないモブ悪役という微妙な立ち位置に転生したこと。これが主人公とかだったら、もう少しやりやすかったのだが……これはまあ、実はそこまで大した話ではない。むしろ頭の中にある知識と照らし合わせて考えてみれば、プラスとさえ言えるかもしれない。……どうにも信じがたい話だが。


 本当にまずいのは、この神様の箱庭というゲームが世界に一人しかクリアした者がいないと言われている超激ムズのエロゲだということだ。何も書かれてないパッケージの通りにヒロインは、一週ごとにランダムで生成され、ゲームオーバーになるとリセットされる。つまり、TRUEエンドに至る真ヒロインをわずかな挙動や示唆から見つけなければならなのだ。それも百を超える候補の中から。このヒロイン選びこそが、このゲームが超激ムズと言われる理由である。そしてさらに厄介なことに正しいヒロインを選んでも、その後の選択肢を一つでも間違えれば即ゲームオーバーの強制リセットという鬼仕様。この組み合わせこそが、このゲームを世界に一人しかクリアした者がいない無理ゲーにしている理由である。


 ただ、こんな絶望的な状況でも一つだけ良かった事がある。それは、俺がこのゲームの唯一のクリア者だという事だ。ある程度ノウハウはある。ゲームなら現状で既にリセット気味だが、残念ながらこれはリセット不可の現実だ。やれるだけ全力でやるしかない。


 なぜなら、クリアできなければ……死ぬのだから。


「……治ったかい?」


「ごめんなさい、騒がせました。もう大丈夫です」


 笑顔で返しながら部長を見る。異様に疲れ切った目を除けば文句なしの美少女。俺が主人公なら転生後の状況も相まって、最早この人が真ヒロイン一択だ。なんなら、普通に惚れてしまいそうなまである。

 いかん、いかんと首を振る。恋愛にうつつを抜かして死にましたでは、とても洒落にならない。


「そうか、それは良かった。なら、そろそろ聞かせて貰おうかな活動報告を」


 活動報告。なんだそれは……と思うが、何となく予想はできる。何を隠そう俺と部長二人しかいないこの部活は、『終末対策部』という一見意味が分からない部活なのだ。しかし、これをゲームの知識と照らし合わせて考えてみれば納得もできる。このエロゲのルートの一つに世界の終末ルートというものがある。名前の通り、世界の終末に瀕した世界をボーイミーツガールで救うという典型的なセカイ系のシナリオだ。難易度が高く、基本的に捨てシナリオとされていて、また俺がクリアしたシナリオでもある。


「俺は……空振りですね。部長は、何かありますか?」


「全く、情けない」


 部長は一つ溜息を吐くと続けた。


「最近頻発する地震の方は、当然のように良く分からない。だけど、生徒が消えるという話の方は少しだが収穫はあった」


 地震に消失か。これだけでは、無数にあるパターンの中から絞り込むことは難しいな。


「どうも、ドッペルゲンガーが出るらしい」


「……ドッペルゲンガーですか?あの、自分とそっくりの何者かっていう」


「そう、そのドッペルゲンガーを見たっていう人が何人かいるらしい。らしいというのも、私も本人から直接話を聞いた訳じゃないんだ」


 ドッペルゲンガーに会うと死ぬ。これはドッペルゲンガーにまつわる噂の中で最もポピュラーなものではないだろうか。確かに、生徒の消失と何か関連がありそうではある。


「それじゃあ、明日はそのドッペルゲンガーと終末について色々と調べてみますね」


「ああ、私もそうするよ。……っと、随分と暗くなったな。そろそろ帰ろうか」

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