xx年後「エピローグの後で(4)」
「次は・・・
お隣良さげ?神父さん」
そして、鈴が次に目をつけたのは
ミハエルとシャリテだった。
「次はこちらみたいですよ」
「済まないな、酔った事は言えんが、それでも良ければ」
既に鈴は二組に同じことをしてるので、"来るだろうな"という反応だった。
シャリテは少し楽しみだったのか、ソワソワしていたくらいだ。
「こんにちは。
二人の今日までの人生を事情聴取しに来たよ」
「真摯な信徒を捕まえてなんてことを言うんですかこの人」
ミハエルに肩ポンしながら悪い笑みで言う鈴に思わずシャリテは突っ込んだ。
しかし一方のミハエルは
「・・・やはりこの状況はお縄に付かねばならんのか」
「真に受けるな」
ちょっと真面目に受け取って俯いたので、今度は士郎が突っ込みを入れた。
この男、やはり真面目すぎる。
「安心して、きっと2人が信仰してる神様は飲んだくれたぐらいじゃちっとも悪いと思ってないし、
なんならきっとみんなと飲みかわしたいとか思ってるだろうから!
ねー、士郎?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・かもな」
当の本人がそもそもかなり呑むのと、その信仰している神そのものであるのと、同意を求めている相手もまた双璧を成す神なのと、突っ込みどころだらけだが
士郎は飲み込むしかなかった。
突っ込んだら負けなのだ。
正体がバレてはいけないという意味で。
「そうなんですか?なら私も呑んでも許されるのでしょうか?」
「駄目だ。神の救いより先に法に掬われる」
だがそれはそうとして、法もちゃんと守られるべきである。
だったら連れてくるべきではないのだが・・・
「あ、じゃあ・・・えっと、名前は・・・シャリテさ───じゃないっ。
シャリテちゃんだよね!
いくつかな?」
「あ、はい。12歳です」
前世は渇望の蕃神であり、鈴の主であり、先輩であった彼女に思わさずさん付けしてしまいそうになったが、今はただの少女。
鈴がサコッシュからガサゴソとカンカンを取り出しながらの質問。
回答を聞き、それなら大丈夫だろうということで小さく"良し"と呟く。
「じゃあこれ、あーんして」
「・・・?あ、はい。あーん」
「…ほいっ」
士郎が"おい何を入れた"という抗議を制しつつ
コロン、と丸いチョコレートを包みから出してシャリテの口にいれる
「・・・包みを見る限り、チョコか?」
「・・・ん、みたいですね。確かにチョコの味はしますが。でもちょっと不思議な感じです」
よく見ていたミハエルは、チョコの包みだと分かったようで、チョコなら大丈夫かと特に何も抗議しなかったが
どうやらただのチョコではないようで、味わった事のない味と匂いにシャリテは首を傾げる。
「そのくらいの歳ならいいかなと思ってさー、まぁ、1パーセント未満の
オレンジ風味のウイスキーボンボンだよ」
シャリテが感じた違和感もそのはず。
チョコにオレンジの風味があることに加え、酒も混じっている。
酒は混じってはいるが、法律上は問題ないモノである。
「あ、なるほど。これってお酒の風味なのですね」
「そう来たか・・・」
シャリテはちょっと目を輝かせて味わう。
ちょっと大人になった気分なのだろうか
そしてミハエルはそんな抜け道じみたモノに、素直に感嘆する。
「これなら仲間はずれにならないだろ?
あと3つだけ渡しとくね、一気に食べたらダメだぞー?」
「ありがとうございます!」
満足気に頷いた鈴は、シャリテに手渡し
晴れてシャリテも擬似的に大人の仲間入りと相成ったというわけで──
「さぁ、事情聴取だ」
「言葉を選べ」
少女を連れた厳つい男性を前に事情聴取という言葉はあまりに事案の匂いを感じさせる。
士郎は突っ込んだが内心わかっている。
これはわざとだ、と。
「・・・生い立ちを聞き回っていたな。私達もか?」
「Yes」
事情聴取が何を指しているか、一応の確認をするミハエル。
鈴はいい笑顔で即答した。
「面白みは無い。元々刹那と慈愛の信徒の間に生まれ、そのまま神父になっただけの事」
「私との出会いを忘れてますよ。
私は両親が早くに無くなってしまい、暴徒に襲われて危うい時に神父様が助けてくれました。
あの異様な喧嘩の強さに理由はないのですか?」
あまりに簡潔すぎる経歴に、シャリテは抗議を兼ねて挙手しながら補足。
ついでと言わんばかりに、シャリテはミハエルに質問するが
「無い。どうも私は、怒りに駆られるとそうなる」
どうもミハエル自身もよく分かっていない理屈らしく、そしてあまり良く思わないのか眉を顰める。
「え、じゃあそれでいいじゃん、理由」
「理由にはなるかもしれんが、好きにはなれん性質だ。
鍛えて理を得て制御出来るようになればいいのだが」
かつてアハスヴェールから聞かされた、使徒ミハエルの過去から、彼はそういう男であると聞かされていた鈴はあっけらかんにその性質を肯定する。
しかしやはり、ミハエルはそれを良しとしたくないらしい。
(・・・制御した結果が、"最強の使徒"か)
そして、ミハエルのそんな性質を捻くれさせた上で制御できてしまったのが、かつての彼。
士郎と鈴はそれを身をもって知っている。
「そうじゃなくて、えーっと・・・
ミハエルさんは、悲しい涙とか、誰かが望まぬ苦しさとか
そうなるのを目にすると、どうしても怒り、ボッコボコにしちゃうんだよね?」
「・・・傾向としてはそうだ。
助けを乞う声を聴き逃したくは無い。そして救えぬ無力さと理不尽に、私は怒りを抱く」
やはり彼は魂からしてそうなのだろう。
寡黙で愛想はないが、奥底から溢れる義憤を抱くのが、ミハエルをミハエルたらしめている。
そういう性質を、自分では好きになれないことも。
自身に対して、どこまでも厳しいことも。
「でも、現にシャリテちゃんはその強さで生きて、そして貴方を信頼している。
それを、嘘だと、彼女に言うの?
その現実をなかったことにするん?」
こて、と首を傾げながら鈴は問う。
鈴は彼がそんな人だとよく知っている。
どこか似たところがあるというだけでなく
"そんな彼だから救われた者がいる"と
教えることが、彼には一番効くのだと
かつての戦いからよく知っている。
「・・・・・・・・」
だからほら、こんな風にミハエルは黙り込む。
自身には厳しい。
しかし、鈴の言う通り、救われた事実と心を否定するのは違う。
一番効くとは、そういう意味でもある。
そんな見慣れた様子に、シャリテはくすっと笑い。
「私も似たような事を言うのですが、毎度こうなんです。
飲み込むのは時間がかかりそうで・・・魂レベルで迷い続けてるみたいです」
「どっちが迷える子羊なんだか分からんな」
シャリテもまた・・・というより、やはり
ミハエルが自身を卑下するたびに、他ならぬ救われた少女が主張する。
ほっとけないのだろう、シャリテはそういう人だし
きっと鈴もそうした。
救われた当人が励ますのが一番効くのだから、そりゃあシャリテはミハエルと行動を共にするというもの。
士郎の言う通り、ミハエルもまた迷える子羊なのだろう。
「──なら、気が済むまで迷えばいい、
何度でも本当にこれでいいのかと悩めばいい。
その穴は、きっと、シャリテちゃんや、ミハエルさんを信じた人達が、きっと塞いで道を作ってくれるよ!
だって、シャリテちゃん達はミハエルさん、
貴方の強さで救われたんだ。
貴方のおかげで笑顔になれたんだ、
なんなら貴方が抑えられない、埋められない進むための道を辿る時くらい、
その人たちに救われてもいいんじゃない?」
ミハエルという男が、今度こそ救われて、満足な一生を終えるとしたら
きっとそんな関係性を彼が自然と描くこと。
「お互い迷って、お互い悩んで、
お互いが望む笑顔の道に、貴方もみんなも引っ張り引っ張られ進めばいい。
きっと、貴方の強さは、そのためにある、
そう思うのも、いいんじゃない?
救った、救われた彼らの真実を無下にしないためにも。
例えいつか、どうしても救えなかった時があったとしても、
きっと、次救えるようにまた悩み支え合えばいい」
それは、かつての彼にもっと早くに言うべきだった。
しかしそんな人はどこにも居なかった。
救いの手が間に合わなかったこともそうだが
───彼はずっと、独りだったから。
「・・・なーんてね!!
オレもよくわかんないけど、そんな感じでいいんじゃない?」
「容量を得ん。しかし君なりに励まそうとしているのは分かった。
・・・酔わせるようなことを言うものだ」
導く女神のような言葉を、素の彼女は笑って誤魔化す。
毒気を抜かれたように、ミハエルはほんの少しの笑みを浮かべる。
(・・・・・今もそうだ。私はいつも、そんな言葉に救われる。
やっと見つけた光に、支え続けられている。
今日会ったばかりの彼女からも、そう感じるとはな)
懐かしささえ感じる暖かな言葉。
それを、酔わせると表現した。
とても情けなくて、具体的に口にはしたくないが。
「ん?酔わせる?」
「分からんのであれば良い」
「えーーー!しりたぁぁあい!」
だから今はそれで酔うに留めよう。
鈴には伝わらないようだが、かえって好都合。
ミハエルはそれ以上を決して語らなかった。
「ふふ。あ、鈴さんでいいんでしたよね?そのチョコ、どこのか後で教えてください」
「・・・個数は制限させてもらうぞ」
「ぅ・・・」
シャリテの話題転換に内心ミハエルは感謝しつつ、しかししっかり食べ過ぎないように注意する。
結構気に入ったのだろうか、シャリテはちょっと残念そうだ。
法律上は問題ないとはいえ、一応は酒が入っているので仕方が無いが。
「あ、そうだぞー、食べ過ぎは良くないからねー
ただ、このチョコは手作りなんだよね・・・」
「そうなんですね・・・」
市販でないことにも再び落ち込むシャリテ。
そんなに気に入ったのだから、何とかしてやりたいと鈴は少し考えて・・・
「そうだ、食べたくなったらうちの子孫・・・
じゃなくて、知り合いを尋ねるといいよ、ほら、これ!」
他の人達に渡したように、連絡先や、家を継いだ子孫・・・それに加えてクリスティの家の地図を同じように渡す。
(うちの奴らならレシピ分かるだろうし、いざとなったらこっちに教えてくれるだろうし…)
勝手にクリスティアの住居を教えてしまった形だが
クリスティアなら悪くしないだろうし、何より渡した相手もまたクソ真面目だから大丈夫だろうと判断した。
「・・・少しばかりの聖地巡礼になりそうだな」
「遠足になりそうです」
「何回かに分けて連れていくとしよう。
良い刺激にはなるだろうからな」
聖地巡礼、そうミハエルが言うあたり
伝承に通じていると、直ぐに理解出来たのだろう。
シャリテに気に入ったチョコの作り方を知ってもらう以上に、賑やかになりそうなことを考えているようで。
「例の狼の主さんなんて、極寒の神様の継承なのに酒飲みしてるくらいだし、面白い話しでも聞けるかもね!」
鈴は、各々の反応が楽しみだなと心を踊らせる。
「さて、まだ話を聞きたかったけど、そろそろ次にいかせてもらおかなー」
「ああ、ではまた」
「ありがとうございました、鈴さん!」
鈴は手を振って返事をして、士郎を連れて次の標的を探す。
ちょっと惜しいけれど、彼らとはまた会えると知っているから。
どうやら今はカウンターが空いている。
あそこなら、ああ、誤魔化す必要がない。
ちょっとばかり、休憩かのようにカウンターに向かっていく。
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