After「箱庭にて」
「む、ヘルツォークか」
「奇遇だな、ミハエルよ」
小さな箱庭世界にて、ミハエルとレオンハルトは再会した。
正確には、箱庭が出来上がってからは幾度か出くわしているので再会というほど大袈裟ではないが。
「今日も日課かね。
もし、この後に暇があるなら久々に卿と語り合いたい。どうかな?」
「・・・もう少しで終わる。特に予定もない。良いだろう」
「それは結構。では、東の川にて待とう。
ああ、釣具の持参も願おうか」
「釣具だと・・・?」
そういうことになった。
─────────
「ふむ、儘ならんな」
「その割には、愉しそうだな。ヘルツォーク」
「わかるかね?生前では叶わなかったことだ。
この儘ならなさが、今は心地が良い」
大の男が二人、島の東側にある川で並んで釣りをしている。
ミハエルが平均的な釣竿なのに対し、レオンハルトは最低品質の釣竿だ。
それしか用意出来ないわけではなく、単にその品質に拘っているらしく、直ぐに壊れるのを見越して幾つも持参しているようだ。
「釣りのスキルも伸ばしていない、か」
「このような箱庭でも無ければ、このような縛りは許されまい。何事にも最大の成果を求められるのが現実なのだからな」
「違いない・・・」
釣りだけでなく、様々なスキルを意図的にレオンハルトは伸ばしていない。
そして使う道具はいずれも最低品質。
そんなざまで上手くいくはずもないが、それをレオンハルトは味わい楽しんでいる。
現実ではとても許されない行いだが、ここがそういう自由な箱庭だと知った今、生前とは真逆の何事も簡単にいかないという刺激を喜ぶ。
「逆に、卿はそつなくこなしているな。日課の成果かな?」
「そのようだな。だが私は、誰かと競うつもりはない。与えられた世界で、やれることをやっているだけのことだ」
「ふむ。卿は、こんな過ごし方をしたいといったものは無いのかね?
見たところ、不満は見えぬが楽しんでいるという態度でもないが」
「過ごし方の理想、か・・・」
ミハエルはこの箱庭に来てから、出来ることを模索し総合的にやれることをやる日々を過ごしている。
ただの日常のように、無感動に繰り返している───ように見える。
「無いな。これでも充実しているつもりだ。
何より、誰かに何かが脅かす・・・そんな恐怖が皆無なのが良い」
「ほう・・・確かに。卿の渇望を思えば、平和であることが卿にとって最大の救いであろうな」
最強の使徒だった彼だが、彼からしてみればそもそもそんな力が必要ない悠久の平和こそが理想だった。
故に、ミハエルからすればこれ以上のものは要らないだろう。
考えてみれば、レオンハルトの問いは愚問だったと分かる。
「さしずめ、此処は転生前の安らぎといったところか」
「そうかもしれん。だが、それは貴様もだろう。ヘルツォーク」
「・・・確かに、このような生き方はこの箱庭でしか味わえぬ。我々はそろって、この箱庭に癒されているということだな」
揃って苦笑が零れる。
こうした会話は、ああ確かに箱庭でしか味わえない。
転生後、以前より良い環境だったとしても我々はきっとそれぞれで苦しみがある。
此処はその前に魂が安らぐ場所。
自分たちには過ぎたモノだと思えるが。
そんな思考は無駄だろう。
考案したのが、あの蒼空鈴であれば。
「だがヘルツォーク。そのような縛りであれば、何故いま釣りをする?」
「それがな。次の釣り大会にリュークから誘いを受けている。流石に毎日のように競う彼らに、今のスキルで挑むわけにはいかなくてな。こうして、少しでも差を埋めている所だ。
ああ、ついでに卿は如何かな?
共に、彼らに挑むというのは」
「挑む、か。貴様からは聞かなかった言葉だな。
祭りにも競走にも興味は無いが・・・良いだろう、此度の礼に、乗ってやろう」
次の約束を彼らはして、そして後は少しだけ談笑した。
これはエピローグまでの、ほんの1ページ。
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