After「エピローグになる前に」


「ますたぁぁぁぁぁぁあ!!!」


とある朝、玄関からマリアが泣きながら走ってきた。

珍しく朝から来客らしきものが扉を叩き、それでマリアが出迎えようとした矢先のことだ。


「おー?どうしたマリア」

「し、しろ、士郎さんが────変態になりましたぁ!!!」

「は? 」

「あ?」


鈴が走ってきたマリアを抱きしめて、事情を聞くと意味が分からない回答が帰ってきた。

聞いた鈴と、傍でいる士郎はまったく意味が分からない。


「ひえっ、服を来てる士郎さん・・・!!えと、士郎さんなんですが、士郎さんじゃなくて・・・黒いボロボロの布の、その変態さんで!!!」

「「・・・・・」」


少しづつ冷静になってきたマリアはたどたどしく説めした。

が士郎ではないと、ようやく確信できたようだ。

そして士郎と見間違える容姿で、そんな服装(?)・・・



「「あー・・・」」



聞いた二人も、心当たりがありすぎた。






「酷い話だ。変態ではなく紳士だろう、私は」

「知るか。こっちは他の国の事情に首突っ込んでようやく落ち着いた所なんだよ」

「知っているとも、おまえたちを私は見守っているからな」

「・・・気色悪ぃ」


案の定、客の正体はアハスヴェールだった。

鈴と士郎が代わって出迎え、いまこうしてリビングの机を前に茶をすすりながら士郎と会話をする。

同じ顔と同じ声なのに、纏う雰囲気が違いすぎて間違えようがない。


「まぁまぁ。で、なんの用?アハスヴェール?

カミシロでイレギュラーな事があったから心配になったとか?」

「その通り、紅士郎は擬似的な創造イミテーションを、蒼空鈴は能力こそ創造ブリアーのみだったがおまえの法理ロウの中にいる魂を活用していた。お前たちに施した封印に問題ないか、分かるのは私だけだからな」


鈴が本題に入るように質問する。

実際、彼女らはカミシロの事変が終わって数週間しか経っていない。

あの事変で、鈴は法理ロウを解放していないものの鈴の法理ロウに取り込まれていた魂が戦力として活用されていた。


無論、それ自体は合意の元だったがイレギュラーだったのもまた事実。

一度は人間に戻れるように封印の呪文を施したアハスヴェールが、此度のイレギュラーで問題が生じていないか診察に来たというわけだ。


その結果・・・


「だが、問題は無いようだな。あの魂たちも、迷わずお前の元に戻っている」

「凄いな、そこまでわかるんだ・・・」

「自慢では無いが、神としての専門性はレオンハルトよりも遙か上だ。この程度は造作もない」


少し前に、一時的に離れていた魂たちがちゃんと鈴の法理ロウに戻っていたことも分かったらしい。

底知れない実力はここでも見せつける。

あの戦いで、もしアハスヴェールとも戦っていた場合はどんな苦労を強いられたか

想像する前から身震いしそうな程。


兎にも角にも、こうして直に会ってみれば問題はなかったらしい。

と、予定ではここで用事は終わりなのだが


「魂か・・・そういや、思ったんだけどめちゃくちゃ多いんだよなぁ」

「当然だろう。我が友がかつて征服しようと各方面に戦いを挑んだ際に取り込んだ魂もあるのだ。

大阪での戦いの何倍の被害があることやら、私も数えるには億劫だ」

「んー・・・それ、オレたちが神様なったらいきなりその数を捌かなきゃなんだよな」

「であろうな。おまえの法理ロウとはそういうものだ」

「だよなぁ・・・」


すべての魂に、巡り来る祝福をレクイエム=オムニア・ウィンキト・アモール

その法理ロウとは魂の修復と転生。

取り込んだ魂を癒し、その今生が当人にとって悲惨であればより良い生涯が送れるように転生させるもの。

全てを抱きしめる以上、鈴のもとにある魂に限ればそこに例外は無い。


よって、レオンハルトの法理ロウであった黄金死界・至高の天は此処に在りグラズヘイム・ヴェルトールの中にあるはるか昔から大量にある魂とて例外は無い。


それらの生涯を読み取り、彼女の経験をもとに判断して転生させねばならない。

その手間は如何程か、計り知れない。

見捨てたり手を抜いたりするつもりは無論一切ないが、それはそれとして不安が残る。



「うーん、そだ!」



そこで蒼空鈴は閃いた。



「アハスヴェールもレオンハルトも、自分の世界ってひとつしかないの?」

「・・・ふむ、通常であれば渇望の蕃神が持つ小世界は一つだが・・・永い時を重ねれば複数、或いは無数と描けるだろう。私は小規模であれば無数に作れる」

「すげー・・・じゃあさ!頼みがあるんだ!」

「ほう、言ってみるといい。我が女神の後継の頼みだ、多少の骨は折るとも」



アハスヴェールが割となんでも出来てしまうから、そして女神シャリテの後継だからとホイホイ頼みを聞こうとしてしまった運の尽きか。

ただの見守り隊(一名)ではなくなる瞬間が来てしまった。



「アハスヴェールの小世界、いくつか貸してほしいんだ!」






─────────



「なるほど、事の経緯は理解した。卿も随分と安請け合いしたものだな」

「まったくだ。要らぬ苦労をしたというもの。彼女は存外に遠慮がない」

「その割には顔が綻んでいるぞ、アハスヴェールよ。さては、後継とはえ女神に頼られているようで悪い気がしないのでは無いかな?」

「これは手厳しい。我が女神とは性格こそ違うが、私が見届けた姫君でもある。私が思う以上に私は甘いらしい」



小さな小さな世界で、かつては肩を並べた二人が語らっていた。

それは無人島で、人も動物ものんびりと過ごすことを想定としたもの。

誰かを傷つけることは出来いが、代わりに自由に開拓できるというルールがある。


その過ごし方は千差万別。

得意な事、或いはやりたいことをやればやるほど、その技術スキルは相応に上達する。

かといって現実世界ほど難しい工程はさせず、絶妙なバランスのリアリティを保っている。


読者に伝わるように言うなら、スローライフなゲームといったところか。

、という

その手のゲームが好きな者が一度は夢見たかもしれないものを実現している。



実際のところ、どんな風に過ごしているかといえば─────


「狼牙ぁああ!!今日は釣り大会らしいなぁ!!」

「来たかよ包帯野郎。そんじゃ、勝負ついでにどこまでこの世界が俺たちの釣りテクについてこられるか試してみるか!」

「そうこなくちゃな!戦友!」


生来からの戦争屋ウォーモンガーであるリュークと、既知感デジャヴから脱却すべく未知の為に暴れた狼牙は仕方が無いので違った形でアグレッシブに遊んで過ごしている。

釣り、虫取り、宝探し、運試し、勝負ついでに自分たちの遊び方に世界がどこまで耐えられるか等など・・・

スローライフでありながらスローライフではない過ごし方を意図的にしている。



「で、次はこれ?」

「ああ、そうだね。しかし凄いな・・・知識は必要なのに工程は省かれる・・・。技術屋としては夢みたいな世界だ。しかも、素材もかなり簡略化されてる」

「何回も聞いたわよ。実際夢みたいなものでしょう?」


ピリオドと黒外飛鳥はDIYと名ばかりの何でも作れてしまう作業台で発展する日々を送っている。

ピリオドは本来ひたすらレオンハルトを奉仕するつもりだったが、当のレオンハルトが不要だとしたため手持ち無沙汰になった。

ちょうど飛鳥は人手が欲しかったので、そんな彼女に手伝ってもらう事にしたらしい。


ピリオドは大阪で戦った使徒の中で最年長でありながら飛鳥を除けば最弱で、他者の足を引っ張るほどの卑屈さを持つほど争いという観点でいえば余りに向いてない性質だった。

そして飛鳥も身体が弱く、争いではなくただ作りたい物を作り、解明したいものを解明するといった生き方が理想だった。

立場も、そしてアハスヴェールやレオンハルトによって歪まされた過程もとっぱらわれた今ならば、こうして普通に関われる。

案外、こういった生き方が本当なら似合っていたのだろう。




「木こりは終わった。補填とする苗も植えた。

後は鉱石だが────む、風船か」


そして、ある意味一番スローライフな箱庭に真面目に向き合っているのはこの男か。

ミハエル・・・彼はこの世界で出来ることを分析し、総合的に満遍なくスケジュールを自分で作って実践している。

この世界にはランダムで素材や金を吊るした風船が飛んでくる。

それをミハエルはパチンコで聞き逃さずに撃ち落としている。

他者との関わりは乏しいが、誘いがあれば一時であれば断らない。

真面目に平和な生活をこなす、どこにいても彼はそうした過ごし方をするのだろう。




「各々、思い思いに過ごしているようだが・・・おまえは随分と怠惰な暮らしをしているな」

「失礼だな、アハスヴェール。私のしたいことをしているだけのこと」

「こうして、眺めるだけ眺め、時折戯れに参加するという日々を過ごすことが、か?」

「然り」


意外なことに、レオンハルトは基本的にただその世界にという形で適応している。

それがレオンハルトが今したい事と断ずるのに、友であるアハスヴェールは少なからず驚いている。


「私はな、アハスヴェール。私の目指した世界を描くまでは、私の都合で彼らを指揮した。

私にとっては既に馴染みの面子であり、全力で愛する事は叶わぬが・・・彼らなりの自由を眺めるという違った角度は体験出来るのだよ」


敗北した魂という矮小な存在になったが故の楽しみ方。

これだけ徹底して弱体化して、平和な箱庭を用意してようやく適応できる。

しかしいざ転生するとなるとそうはいかない。

ある意味鈴にとって大きな課題であるレオンハルトは、本心からこの箱庭なりの楽しみ方をしていた。


「であれば、おまえに朗報だ。

時を待たず、他の箱庭と交流する機会を与える用意をしている。

なにせ、おまえが征服した魂も大量にある。

そしてそんな数だけ箱庭があれば、その見守りも飽きはせんだろう」

「ほう、それは善い。たかだか70年や80年程度の年数・・・退屈しのぎには充分だな」


レオンハルトに敗れた軍勢、服従した軍勢、それらあわせてどれほどの魂があるのか。

ある意味、レオンハルトが征服してきた過去に退屈しのぎが出来る要因となっている。


蒼空鈴と紅士郎が人間としての生涯を終えるまで、せいぜい70年か80年。

もはや彼らにとっては短い年数であり、支障はない。


「用は済んだ、ではまた。別の箱庭との交流に際に逢おう」

「ああ、ではな」


まさかこうなるとは思わなかった彼らは彼らなりに退屈しのぎをする。

鈴にとってはそれでもいいのだろう。


これはエピローグに至るまでの間の経緯。

ちょっとした、裏話である。


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