After「女医の観察日記」

私、メイビス=アンドレウはいま絶技を目の当たりにしている。



極晃星スフィアノヴァ───抜刀・天地裂く遂行絶剣ザン・ブレイブ・ブルンツヴィーク



カミシロの現教皇、デイビッド=ウィリアムズ。

聖樹──もとい赫い星の加護。

その中で選ばれた者のみが使える加護の奇跡を、彼は発動する。


能力は、斬閃延長能力。

不可能を可能とする神剣が如く絶技を、ごく単純にその射程距離を伸ばすというシンプルな異能。

本来そこまで強力ではないはずの異能を、本人の技量が無双の神剣と讃えらる業へと仕上げている。


視界に入れば即座にズンバラリンなど、想像しただけで怖気が走るというものだ。


そんな業を何故、いま私の前で行われているかというと、それはとある検査の為。

そしてその検査対象は"彼"ではない。

全力で異能を駆動する彼を眺める、私の隣にいる"彼女"。

このカミシロの国における頂点───赫い星の神子、ロア様の検査の為だった。


ロア様は確かに結果的に赫い星に選ばれた神子であり、この島の恵みを維持し、資格を持つものには加護を与えられる。

とはいえ、本来ロア様は"星の守り人"ではなく人為的に呪いと化してた赫い星を封じるために調整された人。


赫い星とは"最果ての星"であり"一番星"という"蕃神"。

そしてその恩恵を受けるのは、千年に一度に発現する


一番最初に赫い星と繋がった初代様を除いた一族全員が、星の守り人の模造品ということになる。

ルフトくんとアステルちゃんの関係性が本来想定された繋がりであり、赫い星とロア様の関係性の方がイレギュラーとされている。


かつては一族代々、産み出しては使い捨てという形の非道極まる扱いだったが、今は違う。

呪いではなく、正式に加護となった今でも、そのイレギュラー的な繋がりに変化は無い上に、今はこの国の真実も国のみんなに知れ渡っている。


ならば当然、ロア様はこの国の頂点であり丁重に扱われる守るべき命だ。

こうして定期的に検査をするのも、その一環。

加護や祝福を、ロア様を通しても問題ないか、念入りに確認している。


「問題ありませんか?ロア様」

「ん、なんともない」


ちゃんと"加護の奇跡"を使っている証明の為に、デイビッドが本来なら届かない位置にある藁人形を斬り裂いたのを見届けて、隣にいるロア様に確認する。

無表情ながら頷く彼女に今日も私は安堵した。


黄泉から戻って欲しかった魂の為に、カミシロの全てを利用しようとした私が安堵するのも偽善を感じるが、所詮私はそこらにいる凡人だと思えばそんなものだ、と諦めがつく。


世間でいえば飼い殺しだが、こうして専門的な医者として向き合う方が私の身の丈にあっているのだろう。

あの事件の結末が、良くも悪くも私を吹っ切れさせて、収まるところに収まったと思えばいい。


「感謝する、アンドレウ専門医。問題はないようで安心した」

「どういたしまして。この調子なら暫くは安泰ね。

体力も肉体も、徐々に時間を取り戻してる。

考えうる限り理想的な状態よ」

「それならば良かった」


根っから滅私奉公なせいか、表情は読み取りづらいがデイビッドからは安堵の雰囲気が読み取れる。

あの事件によって、あの一振の刃のように振舞っていた彼が実は弩級の光狂いトンチキなのが発覚したが、かの英雄を知っている私からすれば、アレよりは幾らか人間らしい。


何よりそうなった原点がロア様への幼い頃からの恋心だ。

実際に行われた所業はドン引きだが、俯瞰してみればとんでもない恋物語ラブロマンスだった。

・・・それに、恋が原点で所業がドン引きなのは私も人のことが言えないし、幾らかデイビッドの方が


とまぁ、ある意味でいえば同志である彼に対して老婆心のような感情が湧き上がるのも人情というわけで────




「───ところで、婚姻と跡継ぎはどうするの?」




ここで、ひとつ爆弾を投じてみることにした。



「─────」



何ともまぁ面白いことに、デイビッドは口を閉ざしたまま3度ほど瞬きして


「・・・専門医、その話はまだ早いだろう」


予想通りの回答が帰ってきた。

まぁ実際その通り、跡継ぎに関してはまだ体力も充分ではないし身体の成長を待った方がいい。

しかし婚姻に関してはそうでも無いように思う。


「何を言ってるの。跡継ぎはともかく、婚姻ならそろそろ相手が見つかってる頃じゃない。

外様とはいえ、ここの歴史を深く知った女は誤魔化せないわよ」

「・・・歴代の"候補"を婚姻と捉えるのはどうかと思うが」

「まぁ、確かにそうなのだけれども」


デイビッドもロア様もお互い二十歳。

歴代の神子は、この歳にはある程度は候補が決まる頃だ。

あくまでカミシロでの神子は一般的には知られておらず数少ない上層のみの出会いであり、到底"婚姻"と呼ぶには救いがなかった。


神子が女性であれば、種馬を。

神子が男性であれば、牝馬を。

とまぁ、子孫を残すに相応しい人材を選んで宛てがわせていた事が大半だ。


中には素敵な出会いとやらで結ばれたパターンもあるが、それはもっと救いがない。

このカミシロの歴史が示す通り、悲惨な結末バッドエンドが確定していたのだから。

同じ恋に狂った人間として落ち着いて歴史を振り返ってみれば、あまりに痛ましくてたまらない。


「うん、そうね。歴代の時期を参考にしたのは悪手だったわね。

本音を言うと、貴方の想いはこの国に知れ渡っている。

貴方の語った真実と、貴方のしようとしたこと。

そして今の二人を見て、文句を言う人はそういないと思うわよ?」

「確かに俺の口から全て語りはした。予想に反して暖かく迎えられた事も事実だ。

だが、それはそれだろう。

俺の恋路はあくまで俺だけのものだ。

ロア様の想いもロア様のものだ。


互いが婚姻と跡継ぎに至る道筋を理解して、その上で想いを交わさねばその話は始まるまい」


・・・誰か恋愛鈍者クソボケと呼ばなかった私を称えて欲しい。

どうしてくれようか、このクソ真面目の朴念仁 は。


「・・・デイビッドと一緒なら、ロアはそれでいい」

「ロア様はこう言ってくれてるけど?」


ロア様がちょっと頬を膨らませてる。

あら可愛らしい。と思うのと同時に

ほら、こう言ってるわよ!これは愛でしょ!という主張を訴えるように言うが


「その気持ちは俺も嬉しく思うが、依存が過ぎるのも考えものなのです、ロア様」


はい恋愛鈍者クソボケ確定、処します。

ロア様が不満げに僅かに眉を潜めているのを見て、私はとある行いに決心した。


「ロア様、今のお気持ちを」

「かなしい、ムカムカする、デイビッドに」

「ではロア様、僭越ながら私からアドバイスを。

こういう婚姻や跡継ぎのお話でデイビッドにムカムカしたら1発ビンタするといいと思います」

「わかった」

「アンドレウ専門医?ロア様?」


黙らっしゃい乙女の敵。

ラッキースケベより遥かにタチの悪い朴念仁にはこういうのが許されるのだ。


困惑するデイビッドに、ロアはてこてこと歩み寄り

ぺち、と1発ビンタをお見舞いした。

音の通りまったく痛くはないだろうが、デイビッドの心に混乱は与えられただろう。ざまぁみろ。


「デイビッド、そんなふうに言うの、嫌」


恐らくは事件以来、徐々に感情を取り戻していく最中のいま、最大限の気持ちだろう。

これには流石のデイビッドも面食らったようで


「・・・申し訳ありません、ロア様。

この話はここまでにしておきましょう」


理解したのかは分からないが、深々と頭を下げた。

いや多分理解してないな、この男。

ただロアを悲しませた部分が効いただけだぞこの男。


と、見てるこっちも笑顔でキレたくなる衝動を抑えながら眺めていると。


「・・・ん」

「・・・ロア様」

「だっこ」


唐突にロア様が腕を広げて、抱っこをねだり始めた。

しかしロア様が疲れた様子は無い。

いつもはなるべく体を動かして、それでも疲れたらデイビッドを頼って構わないという方針だったが、いまロア様はそれを全無視している。


「・・・しかしロア様」

「だっこ」

「まだ体力が」

「だっこ」


デイビッドも待ったをかけるように言葉を紡ごうとするが、そのたびにぐいぐいとロア様は圧をかけている。

いいぞ、もっとやれ。


「・・・」


そんなふうに内心応援しているうちに、デイビッドは少し困ったようにこちらを向いた。

まぁ、これくらいで許してやるかと思い、後押ししてやることにした。


「・・・いいわよ。叶えてあげて」

「・・・了解した」


流石に専門医の目の前で甘やかしすぎるのはどうかと思ったのだろう。

しかし私とて人間だし、愛に生きた女でもある。

こういう時くらい、融通はきかせてもいいと思う。

眺めてて楽しいもの。


「それでは、ロア様」

「ん」


デイビッドはロア様を抱っこする。いつものように。

これがいつかは結ばれる、と思うとかなり犯罪的な絵面だが・・・少なくともこの国内ではそれを問題視する者は多くない。

むしろこれが、呪いを乗り越えたこの国の光景であり象徴と言える。


少なくとも私は、そう思う。


「・・・教皇様、今日の検査はおしまい。

今日のところは、宮殿で二人で過ごしなさい。仕事もやるとしたら書類仕事で、ロア様と一緒にいるように

これは、専門医としての進言よ」


なにより、これが今の二人にとって幸せの形だろう。

ちょっとむくれてたロア様も、安心したように脱力しているし、デイビッドもその温かさに当てられて張り詰めた空気は感じない。


表情は二人とも変化が乏しいけれど、そういう変化は案外ひとには伝わるものだ。

二人は、そういうのは分からないだろうけれど。


「ありがとう、メイビス」

「・・・構わないのか、アンドレウ専門医」

「どういたしまして、ロア様。

そしていいのよ、教皇様。心のケアってやつよ。

退屈なら出歩いてもいいわ、二人でね?」


そこまで言うと、デイビッドは少しジト目でこちらを見てくる。

やはり疑われるか。


「・・・やはり私情を含んでるのでは?」

「まさか、恋愛鈍者クソボケへのちょっとした制裁だなんて思ってないわよ」

「専門医」


おっと、とわざとらしく口元を隠すように目を逸らす。

とはいえ、流石に揶揄うだけでは気の毒だ。

少しフォローを入れることとする。


「・・・まぁでも、嘘ってわけでもないわ。

第一にロア様の為だもの。

身体だけでなく、ちゃんと心も大事にしてあげなきゃね?」

「・・・そう言われては反論できんな」


そうでしょうね、と私はクスクスと笑いが込み上げる。

ロア様のことを思って起こした行動は、ロア様の望むものではなかったのだという結果がデイビッドにはあるので、こう言われれば弱いことは織り込み済みだ。


「降参だ。進言通りにしよう。

ではロア様、帰りましょう」

「メイビス、また」

「ええ、また。お疲れ様でした」


観念して、デイビッドはロア様を抱えて出ていった。

これでまたいつもの日常通り。


取り戻した空のもとで、暖かな時間が過ぎるでしょう。





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