身内スローライフの前日談三部作の番外編

@axlglint_josyou

Acta est fabula

ギャグシナリオ「アハスヴェールの女神ドキドキ観察日記」


これはまだ、蕃神がいる世界が荒神のいる世界と融合してしまう前のこと。


黄金獅子レオンハルトが、慈愛兎神シャリテによって封印された後のこと。


黄昏時の砂浜で、シャリテは兎耳を揺らしながら散歩していた。

辛く、苦しい戦いだったのも過去のこと。

ようやく訪れたつかの間の平穏を、潮風に当たりながら歩いている。

時折、鼻歌さえ歌いながら。






とても平和だ。


──────そう、遠くからそれを眺める黒い外套の変質者がいなければ。






「ああ、ああ、なんと麗しき歌声か。

天上に響く福音さえ、おまえの囀りには及ばない。

胸が高鳴る、鼓膜が痺れる、動悸も乱れ、舌がもつれ────ああ、許してくれよ我が女神。

おまえに声を掛けられぬ稀少な我が身を嗤ってくれ 」


シャリテの時折する鼻歌をここまで熱弁する変質者もそうはいない。

別に絶賛される歌声ではないはずなのだが。


「我が友とおまえたちの戦いから幾年・・・。未だこうして見守るばかり。その輝きを前にしては、所詮我が身は砂の城のようなものだ


そう、出来ることなど精々─────」


ストーカーの間違いだろ、とツッコミを入れる役割が不在なため、アハスヴェールの気色悪い独り言は終わらない。

そしてアハスヴェールは、シャリテの残した足跡の前に座り込み


「こうして砂浜に残る可愛らしい足跡を眺めながら、喜びに打ち震える程度だろうな」


形容しがたい変態的趣向を更に更新するように、アハスヴェールは笑みを浮かべ。


「しかもまだ体温の残滓が残っているとは。これは私の固有世界の一つに保存しておかねばなるまい」


そしてしれっと飛んでもない方法で、保存とか言い出した。

確かに渇望の蕃神には固有の小世界があるが、それを幾つもか切り分けるなど、ただの魔術で行える所業ではないはず。


「愛しの女神シャリテの足跡、と」


フォルダに名前を入力するような言い方で魔術を展開しようとした時だった。


「あれ・・・?誰かいるのでしょうか・・・?」

「おっと・・・」


遠くまで行ったはずなのに魔術を行使しようとしたせいなのか、異変を感じたシャリテは振り返った。

振り返ろうとしたシャリテに最速で気づき、アハスヴェールは結界を作り、自分を見えないようにした。


少しシャリテが近づき、様子を見に来たが、当然アハスヴェールを認識できるわけもなく。


「・・・いませんね。勘違いでしたか・・・?」


暫く周りを見渡すシャリテだったが、見つからない以上はどうしようもなく、また歩いて離れていった。


「やれやれ、危ないところだったな。

だがしかし─────すぅぅう、はぁああああっ」


もう離れたシャリテを見送ったのち、結界を解いたアハスヴェールは・・・なんとその場で深呼吸しだした。


「────ああ、脳髄が融けるようだ。

何たる幸福か、何たる甘美。

まさか女神の残り香をこうして直に堪能する事が出来るとは。

久々に思ったよ、終わって欲しくないとさえ。


ああ、シャリテ。ああ、我が愛しの女神よ。

おまえは何処まで私を狂わせるのだ」


・・・この恍惚にしている顔面を誰か殴り飛ばしてくれる者がいないのだろうか。

いるはずも無い、できるはずも無い。

何せこの変質コズミックストーカー、ハチャメチャに強いのだから。


「ここも固有世界の一つに切り離しておこう。

聖母に接した大気など、それだけでもはや至高の聖遺物」





「異論は認めん」


「断じて認めん」


「私が法理ロウだ」


「黙して従え」



どんどんテンションを上げながら言う変態。

未だかつてこんな能力の無駄遣いを見たことがない。


「さて、これで3827番目のシャリテコレクションも新たな潤いを見せたか。

永劫回帰も彩られた。これであと、6京回"回帰"しても耐えられよう」







などと、ニヤニヤしているところだった。






「「あ」」






シャリテとアハスヴェールが、面と向かって出会ってしまった。




「えっと、あの、貴方は誰ですか?

それにさっきから匂いとか何とか・・・


まさかその・・・変態、ですか?」



気まずい空気が一瞬流れたあと、非常に戸惑いながらシャリテは、顔を引き攣らせながら言う。

珍しく冷や汗をかきながらアハスヴェールは、咳払いをする。


「女神よ、それに対して私が言うべきはただ一つ。

─────貴方に恋をした、跪かせていただきたい、花よ」

「・・・・・は?」



突然畏まって告白してくるものだから、シャリテは更に戸惑うばかり。

だがアハスヴェールの口は止まらない。


「この抑えきれぬ想い、どうか受け取って欲しい。 麗しのおまえに、どうか───」

「───────」


何を言っているのか分からないながらも、あまりのキモさに顔を青くして震えるシャリテは・・・







「アハスヴェール、超うぜぇええええええッ!!」








宇宙が突然超新星爆発を起こす勢いで衝撃的な口調でシャリテは絶叫した。

違う、絶対こんなこと言わない。








「──────はっ!?はっ、はっ・・・・・・、はぁ、夢かよ・・・驚かせやがって」


汗をダラダラ流しながら飛び起きた男が一人。

それは自室で眠っていた紅士郎だった。

何故かは分からないが、アハスヴェールとシャリテの出逢いの夢を見てしまった。


「は、ははっ、夢だよな・・・いやそもそもそんな出逢い方したのか?

いや知らん、知りたくもねぇ、こんな未知いらねえ・・・!」


曲りなりにも自分の親なアハスヴェールが、変質ストーカーしていたのをシャリテにバレて、いきなり告白されて罵倒されたのが出会いだなんて認めたくない。


『真実は敢えて伏せるが、女神の罵倒などもはやご褒美!

これぞ私が愛した既知の極み!

私が永劫、繰り返したい至高の瞬間────』

「聞こえねえ!俺は何も聞いてねえ!

もし答えられるならどうか違うと言ってくれぇえッ!!」


無かったことにしたかったのに、律儀にもアハスヴェールが脳内で回答しやがるものだから真実味を増してしまった。

士郎の叫びには誰も答えるものはないのも原因か。


結局士郎は次の日は寝不足になってしまうのだった。

あの夢の内容が真実なのか、それは文字通り神のみぞ知る────



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