第3話(全4話)

「どうしたの?」


同窓会当日、テーブルの上に俯せになって酔い潰れる景子を横目に三上は宮城さおりに、そう尋ねた。

さおりは会の進行補佐役として充分に働いてくれている。

三上は彼女を信頼し、静かに話し掛けていた。


「この、バカなのよ」


さおりは、そう云って景子のそばを離れたーーその台詞セリフには、まるで三上が景子に告白し、しかし当の景子は意地を張って拒否をした為、それを後悔し、自分を見失っている事実まで知っていて ”アタシだったら絶対、素直になれるのに” という意が込められていると彼は独り密かに察していた。今日のさおりは割と勇ましく下着の肩紐など直す仕草は一切、見せない。三上は彼女を姉貴の様に捉えていた。


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「どうも」


景子が同窓会会場に姿を現わした時、三上は、敢えて明るく、そう挨拶を交わしていた。

景子は何と別のクラスの沢村健一サワ・ケンの車の助主席に居るではないか!


(何だ、コイツ!)


三上は率直に、そう感じていたが同時にサワ・ケンが校内人気・第一位ナンバー・ワンのマドンナだった広瀬晴美を狙っているのも知っていて取り敢えず冷静になる自分をも発見し得ていた。


「オマエ、あんなブスと付き合ってんの?」


三上はその瞬間、三日前に楽団バンド一員メンバーに、そう云われたのを更に思い返した。

無論、その面子メンツも同じ中学の男である。

ブスじゃねェよーー三上は即刻、そう云い返したのだが面子は軽く笑い飛ばし、息もつかずに、こう切り返した。

オマエなら、もっとい女・るだろーーなぜか、その云い草に腹が立った。三上は景子を好ましく思っている自身に遂に気付けてしまう。


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ねぇ、三上君って優しいのねーー同窓会・会場にて全員分の帰宅用タクシーを手配中、三上は香坂チカに、そう声を掛けられていた。チカは独り都内に移り住んでいた為、敢えて彼女用に一台、配備しようか・と尋ねた事が起因となっている。


「これ、アタシの電話番号・・」


そう云ってチカは三上にメモを手渡していた。あっ、いいの?ーー生まれて初めて女から接近アプローチされる体験を手にしてゆく。


「あの女、エロいぜ」


以前、バンドの面子がチカを称して、そう云っていた事を思い巡らせた。


「どうして?」


ーーまぁ・・そのーー三上の問いに面子は、敢えて言葉を詰まらせる。

その面子は景子をブスと云った男でもある。この時、三上は彼をあまり信用し得なかった。チカは脚が長く美しく可成かなり、艶を感じさせるモデル・タイプの女性ではあったのだが・・


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しかし、エロいその理由を聞けなくなると、男は余計、チカに疑念が生じる。


(取り敢えずバンドの御客さんの懇親会にでも、来てもらおう)


三上は彼女に対し、そう対策を練っていた。他のよりも良い代物を身にまとっていた事がやけに気になってしまう。


(御水のか?)


”都内で独り暮らし” ときたら割に安易な、発想が芽生えて当然であろうが・・


「三上君ーーってさァ、頭のが好きでしょ・・」


同窓会の別れ際に、チカに、そう問われていた。そんな事はないよ、と云いつつも三上は学生時代、チカとは一度も話をした事が無い。


「どうせ、アタシ・バカ学校卒がっこうだし」


チカは、そう云って仲間達とタクシーへ乗り込んだ。タイト・スカートから伸びる脚がすさまじく輝いて見える。三上は彼女の、その眩しさに強烈に引き寄せられてしまったようだ。


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「送ってって下さい」


景子がいきなり三上に詰め寄った。

何・云っちゃってんの、この女・・三上は単刀直入に、そう感じていた。


「ねェ、送ってって!」


さおりを側近に景子は甘く願い出てくるーーどうやら、チカとの、やり取りを一部始終・見ていたらしい。三上は景子が本気で焦っている事に気付けていた。

彼女の一番・女らしい一面を見た気もしている。

ねェ、本当に送ってってくれるの?ーー

一応、了承した後でも更に強く念を押しに来ている。


「大丈夫だよ」


「御願いします・・」


三上は景子に敬語を使わせた事で彼女の心を占領した気がしていた。


「取り敢えず、全員・解散するまで待っててよ」


三上は冷静に、そう告げ、一先ひとまず彼女に安心やすらぎを与えた。コクリと頷く彼女はようやく一息つけたらしく素直な自分を確認・出来た様相である。


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タクシーの手配を終えた時、三上は二次会の会場に当たる・この居酒屋に移動した折の景子の、あの振舞いを思い返した。

恋に破れた女らしく涙ぐみ、その相談に乗ってくれたであろう谷森祐司と寄り添い、腕を組み歩いていた・その姿をである。この尻軽オンナめーーそう思って当然だと判断していたが三上は景子が一次会から深酔いしていた事も気には病んでいた。

全く世話のやける女の素行である。

しかし三上は、その寄り添い歩く景子の背中に透けて浮かび上がる下着のラインを独り密かに気に掛けている己の煩悩に気付けてもいた。

”女を感じさせない” そう評して、同窓の畠紳一郎に冗談ジョークをかました過去が漏れた事が要因か景子が敢えて、その服装いでたちを選んだとも感じ始める。カトリック色の強い景子の日常は可成かなり、肌の露出が少なく、三上はTシャツにタイト・ジーンズという珍しい彼女の様相に男の気持ちが極めて強くなっていった。


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実は、この場を借りて今日、俺は佐藤さんに告白をするーー全員を送り出し、タクシーを待つ二次会・会場の入口で小春沢がいきなり、景子に恋心を公開だした。

そこに居合わせた三上、さおり、当の景子を含めた三人は唖然となる。まるでトレンディドラマの最高潮クライマックスの如く、人生の創造的な、この局面をそれぞれが客観的に感じて止まなかった。夏の、深夜は蒸し暑く四人に究極なる立場を与え、誰もが中々、次の言葉を発せず過ごしてしまう。


「ちょっと、アンタ、何・云ってんの!」


さおりが重い空気を裂いて開口一番、こう切り出した。その時、景子が三上と帰りたく最後まで会場に居残った旨も付け加えている。一方、三上はこの瞬間、二日前に、さおりとスタッフや幹事の在り方について、打ち合わせた事を思い返していた。それは、会に関する自己犠牲の精神についてである。彼は彼女が敢えて、この時、この口約を守ってくれたのだと、そう解釈し満足し得ていた。


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「三上、約束が違うゾ」


小春沢は当然、訴えに出る。


「景子はね、三上君の事が好きなの!」


さおりも未だ応戦の構えだ。

三上、当のお前はどうなんだーーそう問われ遂に彼は重い口を開いた。


「約束・通り、佐藤さんからは手を引く」


その言葉の後、また暫くの沈黙が続いた・・自身を審判レフリーの如く考え、この会を運営したのだ、と付け足し尚も三上は皆を説得し始めた。


「アンタ、バカよ」


少し愛情を込め、さおりは三上を叱咤した。


「判ってるって」


そう三上が返答したところでタクシーが到着。


”早く二人で歩いて帰っちゃいなさいよ・・” さおりの小春沢の告白前に云った・その台詞が三上の脳裏をよぎり続ける。彼は深く酔った景子を気遣い、その助言を拒んでいたのだ。その後、四人を乗せた黒いタクシーでは、誰一人、言葉を発する者など存在し得なかった。


(続)

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