イヴの子供たち 27番目の交響曲

神海みなも

第1話 「久遠」西日本支部への招集

 私は電車の窓に額を押し付けて、ボーッと外を眺めてた。福岡の空は巨大な柱が放つ淡い光でぼんやり輝く。街を囲むように等間隔で建てられたその柱が街を守るためにバリアを形成していた。


 中には特殊な量子が詰まっており、それを使って様々なものを範囲内に生成する。遠くで小惑星がバリアに弾かれる閃光がちらりと見える。


 なんか、胸がザワザワする。私は三つ編みを握って黄緑色のリボンをそっと撫でた。紫色のワンピース型の学生服。座席に座り車体が傾くたびに胸元のフリルと黄緑色の大きなリボンがかすかに揺れる。


「はぁ……。なんで私がこんなことに……」


 私は小さく呟いて腕に巻いた携帯端末に目をやる。するとまた新しい着信が来ていた。私が目の前の空間に視線を移すと特殊な量子が投影するホログラムモニターが目の前に現れ、叔父さんからのビデオメッセージが表示されてる。


『かげり、急ぎで西日本支部に来てほしい。「Fシステム」内で不審な動きがある。君の力が必要だ』


 私の力って何? 私ただの学生なのに。すると突然叔父さんの声が頭の中で響いて、私の左目が――髪に隠された左目に刻まれた「27」の数字がチクチク疼く気がした。デジタルタイマーのような表示で淡く緑色に発光している。


 うそ、疼いてるって気のせいだよね? 私は慌てて左目の髪を押さえる。この「27」という数字、嘘か本当か。かつて魔王と呼ばれた子孫の証なんだって。二七代目の私が何かを背負ってるってこと。そんなの知りたくなかった。


 だって私、普通に学生寮で暮らして、甘いもの食べて、ゲームして、アニメ見て……それでいいじゃん。なのに、なんでこんな…! 私は目を伏せて感情が抑えきれず唇を噛む。


 電車が博多駅に着いて私は人混みを避けるようにそっと降りる。人混み、苦手なんだよね……。ざわざわした声やホログラムが飛び交う光と音が私の目と耳に刺さって頭がクラクラする。


 私はホログラムモニターの地図を見ながら、巨大な柱の影にひっそり佇むビルに向かう。……西日本支部、こんな地味な場所にあるんだ。 ま、まあ、そうだよね。


 エントランスをくぐると叔父の久遠悠斗さんが柱にもたれかかっていた。手に持った紙コップで何かをすすっている。そして私をエントランスの端にあるベンチに座らせると早速、四十代半ばくらいの彼は鋭い目つきで私を見る。


「よく来てくれた、かげり。急な呼び出しで悪かったな」


 彼の落ち着いた声に私は小さく頷く。


「……い、いえ。別に構わないです。で、えっと、なんでしょうか?」


 私は緊張で声が震える。叔父さんがホログラムモニターを操作して、「ドラゴンズ・ゲイト」のデータを表示した。少し前にサービスを開始したMMORPGだ。


「今このゲームで異常事態が起きてる。プレイヤーが次々と消えているんだ。それにログアウトもできず意識が戻らない事例が10件以上も発生。ゲームで使用しているFシステムの空間内で普通の人には見えない『何か』が動いてる可能性がある」


 私は目を丸くする。「え、普通の人には見えない……? まさかそれって……」私の心臓がドクンと跳ねる。お祖母ちゃんが話してた化け物のことだ。


 久遠組織――、お祖母ちゃんが所属してたこの組織が昔その化け物と戦ってたって。お祖母ちゃんの母の弟さんが設立して聞いてる。今は私の叔父さん、悠斗さんが責任者なんだよね。……でも、私が関わるなんて思ってもみなかった。


「なんで、私が……?」


 私は小さな声で聞く。叔父さんが一瞬目を細めて静かに言った。


「君には久遠家の血が流れてる。かつて魔王と呼ばれたあの人の子孫としての力があるかもしれない。Fシステム内で化け物と対峙するには、その力が必要なんだ。……だが、無理はさせない。仲間と共に調査してほしい。だが、血のことはまだ秘密だ」


 私はその言葉に目を伏せる。……魔王の血か。やっぱり、そういうことなんだ……。私は感情が抑えきれず唇を噛む。怖いよ……。でも、お祖母ちゃんが戦ったんだ。私も……逃げちゃダメだよね?


 その後、会議室に通されると三人の若者がいた。ひとりずつ叔父さんが紹介する。


「彼らが君の仲間だ。Fシステムでの調査を共に進めてくれる」


 一人目は明るい笑顔の少年、佐藤亮太。ゲーム好きでドラゴンズ・ゲイトの熟練プレイヤーらしい。 私は緊張しながら小さく挨拶する。


「……久遠かげりです。よろしく……お願いします」


 すると亮太がニカッと笑って、「よお、かげり! 俺、佐藤亮太! ドラゴンズ・ゲイトなら任せてくれよ!」と言って元気に手を振る。


 次の人はクールな雰囲気の少女、林美咲。ハッキング技術に長けていて、Fシステムの異常を解析する役割なのだそうだ。美咲が「林美咲。よろしく」と静かに頷く。


 そして最後はおっとりした少女、田中彩花。回復魔法のエキスパートでチームのサポート役だ。 彩花が「田中彩花です。一緒に頑張りましょう、かげりちゃん」と優しく微笑んだ。


 仲間……か。初めて会った人たちなのに、なんだか温かい。胸がじんわりしたのもつかの間、途端に私は目を伏せる。――でも、この調査の裏にある真実、みんなに言えない。


 会議室の隅にFシステムのポールが設置された二メートル四方の空間が四つあった。街を囲むように建てられた柱と同じものだ。大きさはだいぶ小さいけれど。


 叔父さんが電源を入れると空間が淡く輝いて仰々しい扉が本物と瓜二つとない姿で生成される。三人は各々自分の名前のプレートの掛かった扉に歩み寄る。私も心臓の高鳴りを感じながらその扉のノブに手をかけた。


 扉が開き私は一歩踏み出す。すると目の前には色鮮やかなハイファンタジーの世界が広がっていた。思わず息を呑む。


 MMORPG「ドラゴンズ・ゲイト」――。石畳の街並み、遠くに見えるドラゴンの巣、魔法の粒子が舞う森。「うわ、……すごい!」 ため息が漏れる。まるで本当にそこに存在しているかのようなリアル感。いや、草の感触、風の香り、遠くで鳴る鐘の音。全部が特殊量子で再現された『本物』だ。


「さあ、準備はいいか?」


 叔父さんの声に、私はハッとする。


 亮太が「よっしゃ、行くぜ!」と叫び、彩花が「気を付けてね」と私に声を掛ける。そして美咲が「異常を解析するわ」と装置を手に持ち、三人はそれぞれのドアの中に消えていった。


 私は三つ編みを握って深呼吸する。……逃げない、ちゃんと向き合わなきゃ。私の瞳に微かな決意が宿る。


 けれど、背後でかすかな唸り声が響いて私はビクッと振り返る。


 空間の端に見えない「何か」が蠢いてるような気がする。


 ……やっぱり、何かがいるんだ。調査の先に何が待ってるのか、考えただけで心臓がバクバクする。


 でも私は決めたんだ。前を向いて私はこの新しい世界へと足を踏み出すって!


 そして、そっと私の後ろで扉が閉まる音が聞こえた……。

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