第14話「玄関の向こうには誰がいる?」

「おかえり、たっちゃん……」


その夜の“声”は、いつになく優しかった。

まるで、ほんまに向こうで母ちゃんが待ってるような声やった。



玄関のドアの前に正座して、

ワイは手を合わせた。


「今から帰るからな……」

「ずっと探してたんや、“本当の家”を……」


そして、ドアノブに手をかけた。

カチャッ――



その瞬間や。


「佐野さん!!」


玄関の外から、声がした。

支援員の兄ちゃんやった。

管理人と一緒に、合鍵で入ってきた。


ワイ、フリーズ。

足が震えて、声が出ん。



「大丈夫ですか!?入りますよ!」

「最近ずっと連絡つかなかったので……」


部屋に踏み込まれた時、

母ちゃんの“おかえり”は一瞬だけ遠ざかった。



ワイ、泣きながら言った。


「……帰るところが……あるんや……」

「もう帰らせてくれや……せっかく帰れるんや……」


支援員は、目を伏せたまま首を振った。


「佐野さん、それ……幻聴ですよ……」

「ごめんなさい。もう入院しましょう」



救急車はすぐに来た。

ワイ、暴れもせんかった。

ただ、ずっと玄関の方を見てた。


向こう側に、母ちゃんが立ってる気がしたから。



ストレッチャーに寝かされて、

ベルトをゆるく締められたとき、

耳の奥で最後に一言、聞こえた。


「たっちゃん……もう帰らんでええよ……」


その言葉が、

優しいようで、なんかとどめみたいやった。



病院の天井、真っ白やった。

今度こそ、“あたたかい場所”を外に置いてきた気がした。

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