第10話 欠けた構成式と“調律阻害者”


 第三階層──それは“静寂”だった。


 薄暗い通路には音ひとつなく、足音すら吸い込まれるように消えていく。


「……今度は、何が出るか分からないわね」


 クラリスが警戒を強める中、ユウトの“構成視界”が反応する。


【異常検知:構成式の欠落 調律値の減衰を確認】


「構成が……不完全だ?」


 地面の一部、壁の一角がまるで“コピー漏れ”したかのように曖昧に揺れている。

 そこに触れた瞬間、ユウトの指先が強烈な“拒絶反応”を受けた。


「っ……!」


「大丈夫!?」


「……ああ。けど、これは……“調律を拒む力”だ」


 クラリスが周囲に目を凝らす。


「つまりこの階層には、“あんたの力を妨げる”何かがあるってこと?」


 その言葉に答えるかのように、通路奥から足音が響く。

 人の形──だが、人ではない。


 ボロ布のような外套を纏い、顔は黒い影に包まれて見えない。


「……あれ、敵?」


 ユウトは目を細める。


「いや。あれは、“観測されていない存在”だ」


 次の瞬間、構成文が走る。


【敵性存在確認 分類:調律阻害者/通称コード:『シェイド』】


「調律阻害者……?」


 その存在は、何の前触れもなく“空間ごと”こちらに突撃してきた。


「来るぞ──ッ!!」


 構成式が働かない空間での戦闘。

 つまり、スキルの発動も解析も無効。


 ユウトは瞬時に切り替える。


「剣だけで応戦するぞ!」


 応戦。

 だが、シェイドの攻撃は重く、鋭く、異様に“こちらの動き”を読んでくる。


 攻撃の軌道は、人間ではなく、まるで“未来を先読み”するかのよう。


「こいつ……“俺の調律パターン”を読んでる!?」


「そんなのあり!?」


 戦況が膠着し、ユウトはあえて“空間の歪み”に触れる。


 痛みと引き換えに、一瞬だけ構成文が視える。


【解法ヒント:シェイドは過去ログから生成された“模倣存在”】

【弱点:行動ログの“意図的逸脱”による錯乱】


「つまり、“俺じゃない俺”になれば勝てる……!」


 次の瞬間、ユウトは自らを切り刻むように、意図的に“読まれない行動”を選ぶ。


 その変化に、シェイドが一瞬だけ戸惑いを見せ──


 剣が交差する。


 構成式を拒む存在に対し、構成の外側から打ち破る一撃が走った。



 交差した剣の余波が静寂を裂き、第三階層に金属音が響き渡る。


 ユウトの刃は、確かにシェイドの体を捉えていた──だが、その感触は“実体”というにはあまりにも曖昧だった。


「……手応えがない?」


 黒い影が崩れ落ち、やがて“染み”のように床に滲み込んでいく。


 その場に残ったのは、ひとつの構成片。


【記録断片:調律阻害者“試作第零号”/ログより除外された存在】


「やっぱり……あいつ、“世界にいないことにされた”存在だ」


 ユウトが呟くと、構成視界に新たな変化が生じる。


【階層調律再開 視認可能領域:33%→87%に復元】


 世界が“戻ってくる”のを、ユウトは視覚的に感じ取った。


 クラリスが疲れた声で言う。


「さっきの戦い……マジで何だったのよ……」


「たぶん、“調律に抗うもの”の存在証明だ」


 ユウトは残された構成片を拾い上げる。

 そのとき、一筋の光が指先から駆け上がり、記録が再生された。


【音声ログ起動】

『……構成式の拒絶に成功。これで、“調律”への完全依存を断ち切れる……』

『次の段階は、“観測”されない自我の構築だ』


 誰かの声──だが、その声に聞き覚えはなかった。


 ただ、どこかで聞いたような“響き”だけが残る。


「……これは、まだ“始まり”だな」


 ユウトの足元に、次の階層への扉が現れる。


 扉の上には、構成文ではなく“手書き”のような文字が浮かんでいた。


『ようこそ。観測者のいない迷宮へ』


 その言葉に、背筋が冷たくなる。

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