第8話 迷宮への第一歩


 翌朝、霧が立ち込める中。

 ユウトとクラリスは、ギルドから支給された装備を身に着け、迷宮の入り口へと向かっていた。


 ノクスの言葉が脳裏を離れない。


(選ぶとは、捨てること……か)


 迷宮入り口には、古代語で刻まれた碑文があった。


『ここは神々の眠る門。選ばれし者のみが“階層の真理”に至る』


「まるで、何かの試験みたいね」


 クラリスがそう呟いた時、ユウトの“世界調律”が反応した。

 碑文の一部に、構成文字が重なる。


【構成干渉余地:迷宮領域 - 調律可能】


「このダンジョン、構成が“読める”……!」


 そう言い終える間もなく、空間が“ひび割れた”ように揺らぐ。

 入り口の石門が、意志を持つかのように音を立てて開いた。


 その先には、暗く冷たい通路。薄明かりの魔導灯が、一定間隔で並んでいる。


 一歩、また一歩。

 ユウトが踏み出すたびに、構成文がちらつく。


 そして第一階層の“中央部”へと到達したとき。


 そこに立っていたのは、ノクスではなかった。


 白い髪の、少女のような姿。

 その存在は、どこか“ミーネ”に似ていた。


「あなた……誰だ?」


 少女は静かに微笑み、言った。


「私は“記録の抜け殻”……ノクスがここに残した、エコーよ」


「エコー?」


「彼は、“この階層までなら干渉しても問題ない”と考えた。だからここに、わたしを置いたの」


 その言葉の意味を理解するより先に、ユウトは気づく。

 彼女の背後、空間の一角が、妙に“ぼやけている”。


「……空間が不安定だ」


「ええ。あなたの調律が進んだからよ。迷宮の中でも、世界は“更新”され続けている」


 その瞬間、空間から巨大な魔物が“割り出る”ように現れる。


 第一階層ボス、《地殻の番犬ガラグ》。


 咆哮が響き渡る。


「来たか……やるしかないな」



 ユウトは即座に構成文を読み取り、魔物の特性を解析する。


【対象:ガラグ 属性:土 弱点属性:雷 耐性:炎・物理/パターン:突進→咆哮→地殻震動】


「クラリス、あいつは雷が弱点だ! 前に出過ぎるな、攻撃は誘導で引きつけて!」


「了解、支援魔法展開!」


 クラリスが詠唱を始め、ユウトはすでに手をかざしていた。


「──《雷鎖陣》!」


 雷の罠が地面に走り、突進してきたガラグの脚を絡め取る。


 動きが鈍った隙に、ユウトは高位魔法を発動する。


「《雷閃撃・重奏》!」


 空間に数重の稲光が重なり、迷宮全体を震わせる轟音と共にガラグを打ち抜いた。


 ガラグの咆哮が止み、巨体が崩れ落ちる。


「……やったか?」


 だが、勝利の余韻に浸る間もなく、ガラグの身体から“黒い靄”が立ち上る。


 その靄は、まるで情報の断片のように形を変え、構成文字へと変換された。


【階層主=消滅確認 調律影響値:+1.2% 進行度:第1階層クリア】


「……このダンジョン、やっぱり“作られてる”んだな」


 ユウトは構成文字を眺めながら呟く。


 エコーが静かに言った。


「あなたの調律が続く限り、世界は揺れ続けるわ。そして……次の階層には、別の“歪み”が待っている」


「それも、“選択”なのか?」


 エコーはうなずく。


「進むごとに、“主旋律”が定まり始める。あなたの選ぶ旋律が、すべてを変える」


 第一階層の石門が再び開く。


 次なる階層へと続く闇が、ユウトを待っていた。

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