都心のタワマンから、いきなり異世界スローライフ!? ~仕事人間だった私(42)、反抗期の娘(13)との関係修復します~
風葉
第1話 すれ違う日々
降りしきる雨が、高層ビルの窓を叩いていた。時刻は午後10時をとうに回っている。オフィスフロアには、明かりがついている島がまだいくつか残っていたが、その中でもひときわ書類の山が高いデスクで、橘
(…ひかり、もう寝てるかな)
ふと、スマートフォンの待ち受け画面に映る娘の顔に目をやる。中学1年生になったばかりの橘
「部長、まだ残ってたんですか?お疲れ様です」
「あら、田中君。お疲れ様。もう上がり?」
「はい。部長もあまり無理なさらないでくださいね」
部下の気遣いに曖昧に笑みを返し、明日香は再びモニターに向き直る。あと少し、この案件に目処をつけたら帰ろう。そう自分に言い聞かせ、さらに集中力を高めた。
結局、明日香がタクシーで自宅マンションの前に着いたのは、午前1時を過ぎてからだった。雨は小降りになっている。エントランスのオートロックを解除し、エレベーターで自宅のある15階へ。静まり返った廊下を進み、玄関のドアを開けた。
リビングの明かりが点いていた。ソファには、制服のまま眠ってしまっている光の姿があった。テーブルの上には、ラップのかかった一人分の食事が置かれている。おそらく、明日香の帰りを待っていたのだろう。その健気さが、胸を締め付ける。
「ひかり、こんなところで寝てると風邪ひくわよ。ベッドに行きなさい」
声をかけると、光はゆっくりと身を起こした。寝ぼけたような目で明日香を見つめる。
「…おかえり」
「ただいま。ご飯、作ってくれたの?ありがとう。でも、もう遅いから明日にするわ」
「…別に、ママのためじゃないし。自分が食べたかっただけ」
そっぽを向いて呟く光の言葉には、棘がある。いつからだろう、こんな風にしか会話ができなくなったのは。
「そう…。とにかく、早く部屋に戻って寝なさい。明日も学校でしょ」
「…わかってる」
光は立ち上がり、ふらつく足取りで自分の部屋へと向かう。その後ろ姿に、明日香は何も言えなかった。テーブルの上に残された冷めた食事と、娘の閉じられた部屋のドア。その間に、見えないけれど分厚い壁が存在しているように感じた。
(どうして、こうなっちゃったんだろう…)
シャワーを浴び、簡単に部屋着に着替えてリビングに戻る。光が作ってくれたであろう食事を冷蔵庫に入れながら、深い溜息をついた。もっと、光と向き合わなければ。そう思うのに、明日香にはその方法がわからなかった。仕事のように、明確な目標設定や達成プロセスがあるわけではない。子育てという未知のプロジェクトに、明日香はずっと戸惑い続けていた。
ソファに深く腰掛け、目を閉じる。疲労と罪悪感がどっと押し寄せてくる。このままではいけない。何かを変えなければ。そう強く思った瞬間だった。
―――ゴゴゴゴゴ……ッ!
突然、激しい揺れがマンション全体を襲った。地震?いや、違う。もっと、空間そのものが歪むような、奇妙な感覚。立っていられず、床に手をつく。リビングの照明が激しく点滅し、バチン、と音を立てて消えた。
「きゃあっ!」
「ひかり!」
光の部屋から悲鳴が聞こえ、明日香は咄嗟に立ち上がろうとする。しかし、足元がおぼつかない。それどころか、体がふわりと浮き上がるような感覚に襲われる。窓の外が、ありえないほどの白い光で満たされていく。
「ママ!」
光が部屋から飛び出してきた。その顔は恐怖に歪んでいる。明日香は必死に手を伸ばす。
「ひかり、こっちへ!」
光も明日香に向かって手を伸ばす。指先が触れ合おうとした、その瞬間。
世界が、真っ白な光に飲み込まれた。意識が急速に遠のいていく中で、明日香はただ、娘の名前を呼び続けていた。
(ひかり…! ひかり…!)
これが、仕事一筋だったシングルマザー橘明日香と、反抗期の娘・光の、予期せぬ異世界での新たな生活の始まりだった。二人の間に横たわる溝は、見知らぬ世界で埋まっていくのだろうか。今はまだ、誰にもわからない。
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