それに、心なんて読めなくたって大丈夫だ。
魔王の魔法は正確で早い。王城の宮廷魔術師でもここまでの魔法を操っているのを見たことがない。
それに隙があるようでいて、その実隙が無い。決して身動きが取れなくなるような大魔法を使わずに、「串刺し」や「切断」から「目くらまし」の魔法など確実に俺を殺そうとする魔法を使ってくる。
それらの魔法は全てアリアンナが防いでくれている。だから俺に傷はない。
けれどもそれは魔王も同じだ。俺の攻撃は全部守りの魔法で弾かれているし、アリアンナの女神様の魔法はそもそもほとんどダメージが入っていない。
このままでは埒が明かなかった。というか、ジリ貧だ。俺とアリアンナの体力と魔力は減っていくのに、魔王の魔力は減っている様子が見えない。
もしかしたら減っていてそのことを俺たちに悟らせないようにしているだけかもしれないけど、まあ希望的観測を頼りに行動しない方がいいだろう。魔王の魔力は減っていないと考えるべきだ。
魔王から一旦距離を取り、アリアンナに話しかける。
「どうにかして魔王に一太刀入れたい。そのためには守りの魔法を発動できないようにするか、守りの魔法を打ち砕くかする必要がある」
「ですが、魔王の守りは的確です。もしかしたら私たちの心を読んでいるのかもしれません」
「心を読む?」
アリアンナの言葉に、魔王が俺に話しかけてきていた時を思い出す。
確かに魔王は誰にも話していない俺の心の中を知っていた。俺の境遇を理解して、俺の心を逆撫でるようなことを言ってきた。
アレは俺の心を読んでいたからできたことなのか。言われてみれば確かにそうかもしれない。
ということは、今の俺の攻撃が全部防がれるのも、もしかしたら俺の心を読んで俺の攻撃を先読みしているからか?
「仮に心を読んで俺たちの行動が先読みできたとして、たぶんそれには限界がある。そうじゃなかったら、俺の攻撃だけじゃなくて行動自体を先読みして俺にダメージを入れられるはずだ。そうしないということは心を読める範囲に限界があるか、そもそも心なんて読んでいないかのどっちかだけど……仮に心が読めるとしても、たぶん俺の心は読めてもアリアンナの心までは読めないんじゃないか?」
攻撃をしているのは俺だけど、防御をしているのはアリアンナだ。俺の攻撃が防げてアリアンナの防御を予測できないということは、心が読めるとしてもせいぜい現状俺一人で、アリアンナまでは手が回っていない。
だからアリアンナの防御は間に合うし、アリアンナの防御をよけて俺に攻撃を届かせることができない。たぶんそういうことだ。
「心を読み取る能力にも限界がある、ということですか」
「そうであってほしいなっていう俺の希望だけどね。ということで後は任せた、アリアンナ!」
「あ、ちょっと――」
対応策を告げないまま、俺はアリアンナから離れた。
ここでアリアンナと話し合ったところで、魔王に俺の心が読み取られたのでは全てバレてしまって本末転倒だ。もしかしたらそんな細かいところまでは読み取れない可能性だってあるけど、それこそ希望的観測だ。読み取られると思って行動した方がいい。
『作戦会議はもういいのか?』
「十分だ」
『私の能力について話し合ったみたいだが……肝心の対応策がないじゃあないか』
魔王の前に戻ると、魔王から声をかけられる。
俺の心を読んでいるということを隠す様子もない。そもそも魔王にとっては隠すような能力でもないのだろう。逆に俺が考えていることを言葉にすることで、俺の動揺を誘っているのかもしれない。
そうでなければわざわざこんな会話を挟む必要はないはずだ。俺の心を読みながら黙って攻撃すればいい。
「心を読めるような奴と戦ったことがなくてな」
『私と一緒になれば、お前も心が読めるようになるさ』
「他人の心なんて読んだって、生きるのが大変そうなだけだな」
他人の考えてることがわかるなんて息苦しそうだ。俺みたいな人間はそういうことに無頓着なくらいがいい。
それに、心なんて読めなくたって大丈夫だ。そんなことができなくたって、アリアンナは俺のしてほしいことを理解してくれる。
「対応策なんてなくても倒せるさ」
そう一言告げると、俺は再び魔王へと切りかかった。
頼んだぞ、アリアンナ――!
相変わらず魔王は俺の行動を先読みしたかのような速度で守りの魔法を発動する。おかげでこちらの攻撃は全て通らない。
一度無心で攻撃してみようかとも思ったけど、戦闘中に頭を空っぽにして何も考えないなんていうのはあまりにもリスクが高すぎるから止めておいた。俺はそこまで自分が戦闘の天才だなんて自惚れていない。
右から切りかかり、上から振り下ろし、間に小さな「爆発」の魔法を挟む。相手を怯ませることが目的の魔法だ。
どれか一つでも通ってくれればいいなという思いだったが、当然ながら全て防がれてしまう。
「ダメか……」
今度は魔王からお返しとばかりに触手が伸びてくる。右から、左から、上から、下から。四方八方から細く鋭い触手が伸びてきて、俺の体を貫こうとしてくる。
剣を握り締める。右から迫ってくる触手を切り飛ばし、左から迫ってくる触手を体を捻ってかわし、上から迫ってくる触手を切りはらい、下から迫ってくる触手は魔法で弾き飛ばした。
――魔王の体から伸びてるくせに、なんで触手切ってもダメージないんだよ! おかしいだろ!
なんて文句を言いたくなったのも束の間、魔王の目の前に魔法陣が出現する。その魔法陣から読み取れる魔法は『拘束』の魔法だ。
――まずい。かわせる体制じゃない!
触手を払った直後の俺の体は、拘束の魔法をかわせるような状態じゃない。
俺の両手首と両足首に魔法でできた拘束用の輪が巻き付いていく。
『拘束の魔法は、どうやら聖女の守りの魔法では防げないらしいな』
拘束の魔法によって身動きができなくなった俺に対して、魔王が再び触手を出しながら迫ってくる。
そもそも拘束の魔法なんて繊細で維持が大変な魔法、普通戦闘中に使う魔法じゃない。捕まえた犯罪者を逃げられないようにするためとかに使うものであって、戦闘中の相手の動きを止めるために使うことなんて無い。そんなことに使えたらみんな使ってる。
「流石魔王だな」
だけど、捕まったとしても俺に焦りは無かった。
『強がりか? 今度こそお前の体をいただくぞ』
俺が拘束の魔法に捕まって身動きができなくなったのは確かだ。でもそれは守りの魔法が効かないからという訳じゃない。
アリアンナは俺に守りの魔法を発動しなかった。それはたぶん、守りの魔法に割くリソースがアリアンナに無かったということで。
「眩しいですよ! ちょっと目を閉じててください!」
『なに!?』
魔王の足元に巨大な魔法陣が出現する。アリアンナが使う女神様の魔法の中で、一番魔物に対して威力を発揮する『聖なる光』の魔法だ。
たいていの魔物なら一発で消し飛ぶ。その分使うのに集中が必要で、準備をしている間は他の魔法を使うことができない。
魔王の足元から天に伸びるように光の柱が立ち上がる。魔王を焼き尽くそうと、浄化の光が柱の中に降り注ぐ。
普通の魔物ならこの魔法に耐えることはできない。これで終わりだ。
『――だが、こんな魔法ではこの私を倒すことなど』
光の柱が収束したところに現れたのは、ダメージを負った形跡はあるもののまだまだ倒れる気配のない魔王。そのダメージもすぐに回復してしまうだろう。
だけど、それで十分だった。目的はきっちり果たせていた。
アリアンナの魔法で俺の拘束が外れた。魔王の視界から俺が外れた。
だから、たぶん魔王は俺の心が読めなかったはずだ。
『勇者がいない!?』
拘束が外れた瞬間、俺は足に力を込めて飛び上がった。魔王に隙ができたここがチャンスだった。ここしかないと思った。
アリアンナが作ってくれた大きな隙だった。
「これで終わりだ、魔王!」
だから俺は、魔法が収束して姿が見えるようになった魔王に、全身全霊で剣を突き刺したのだ――
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