第4話 将来計画の計画倒れ
俺と先生の見解が一致したが、しかしそんな事で同意を得てもどうにもならない。
だが先生は俺の目を見て笑って言った。
「まー、お前なら金になる発明とかも出せんじゃね? お目々ぱっちりだし」
「この『眼』をお目々ぱっちり呼ばわりは止めて下さいよ……」
「んーじゃあ何? 『魔眼』とか名付けちゃう? ゲヒャヒャ」
「ゲヒャヒャて」
ジーニス先生の下品な笑い方に軽く引きながら、しかし、ふと……俺は閃いた。
この『眼』という力……そして商人の息子という立場。もしかしたら、働かずに飯が食えるかも知れない!
「……そうか、活用される前に、それを奪い取ってやれば良いのか」
「え、何? もしかして暗殺の相談? 悪いけど先生ちょっとトイレに行ってくるね」
「違いますよ。ちょっと言葉に語弊があっただけです。これは人材活用のアイデアですよ」
そそくさと席を立ち掛けたジーニス先生を引き留めて、俺は脳裏に閃いたアイデアを形にしていった。
「先生がアイデアを盗られてしまったように、有用な技術が向こうからやって来れば、人はそれを奪い取って使い潰すものです。それは個人に対しても言えますね。有用な人材は、より金がある連中に囲い込まれて使われる」
「まー能力に対して賃金が比例しているとは言いがたいこともあるけどな。俺の現状みたいに」
「そこですよ、先生!」
俺はビシッと先生を指差した。先生は『何を格好付けているんだこいつは』とでも言いたげな眼を浮かべていたが、しかし俺は自分のアイデアに浮かれていた。
「世の中には、能力があるのに活用されていない人材もいるでしょう。それを自覚する前に、安い値段で囲い込んでしまえば、後はもうガッポガッポ、万歳三唱ですよ!」
「後半が何言ってるのか分かんねえんだけど、その人材をどうやって都合良く見つけ出すってのが……あ」
と、そこで今度は先生が俺を指差した。それは俺に、と言うよりは、俺の両の眼に向けられていた。
「そうか、お前の『眼』か! 魔力の潜在量や流動の様を見極めて、使える人材を探そうってんだな!」
「ええ! 俺が思い付いたのは、会社経営ではなくスポンサーです。出資ですよ。世の中に眠っている天才を見つけ出し、資金を与えてお零れに預かるのです」
ああ、そうだ。どうして思い付かなかったのか。不労所得の王道と言えば投資である。成長前の会社に出資し、恩と金を与えて悠々自適のFIRE生活だ!
しかしジーニス先生は一転変わって渋面を浮かべた。顎に手を当て、放り投げていた教科書を見やった。
「だが、魔術の才能があっても、魔術師に成るには勉学が必要だぜ? それに六年間の授業も必要だ。そんな長い時間を……いや、そうか」
「ええ、そうです。魔術的な才能があるからと言って、わざわざ魔術師に成らせる必要はありません。彼らには、冒険者になって貰いましょう」
そうだ。この世界では大なり小なり、全ての人類に魔力が流れている。その量の大きさ、流動の効率の良さは、魔術の行使だけではなく、身体能力の向上という形でも現れるのだ。
ここで魔術師が貴族的存在であるという意味がより深く理解される。強力な冒険者は、学ぶ事がないからこそ、無意識的に魔術を行使しているのだ。その振るう剣に、地を駆ける足に。
「素養のある人間に、装備と生活費を渡し、冒険者になって貰う! 才能があるから活躍は当然! 暫くもしないうちに大金持ちですよ!」
「貴族様が活躍し始めた奴に唾付けることはあるが、全く素養のない奴に唾を付けるか。ズルいねぇその眼!」
「才能と呼んで下さいよ! この才能で無双! 大金持ち!」
「よっ、天才! 俺もお零れに預からせて下さいよ坊ちゃん!」
俺達は一頻りゲラゲラと笑い合い、上機嫌に歌を歌い合ったり踊ったりした。
そうして不意に笑みを潜めた。踊り疲れたのもあるが、どちらも同じ事を思っているだろう。
「ま、穴が多すぎる計画だがな」
「ですよねー」
俺は先生に同意した。考え付きの話だったが、それにしても穴が多すぎる話だった。
まず第一に、冒険者に金と装備を貸して帰ってくるはずがないという問題がある。
第二に、仮に成功したとしても、その成功した武力を背景に約束を反故にされる可能性がある。
第三に、幾ら才能があるといっても、本人の精神性が戦闘に向いていなければどうしようも無い。
第四に……多いな……そんな金をどこから引っ張ってくるのか、という根本的な問題があった。
「まー、考えつくのはこの辺りか。一つずつ潰していこうぜ」
「意外と乗り気なんですね、先生」
「お前の眼が有用なのは確かだからな。お零れに預からせて下さいよ、坊ちゃん」
「エッヘッヘ」と気味の悪い猫なで声を発しながら、先生はノートに問題点を書き上げていった。
「まず第一の問題。これに関しては奴隷を使うって方法があるな。奴隷契約を結んだ相手ならすぐに消えるって心配はないだろう」
「それで第二の問題も解決できませんかね?」
「いやあ、難しいだろう。それなりの冒険者が奴隷状態ってのは冒険者ギルド側がいい顔しねえだろうし。そして『それなり』になるまでは碌に利益も上げられねえだろうしな。苦労して育てたのにお偉いさんの一声で無為に帰しちゃあ、この世を憎みすぎて自殺しちまうよ。俺達が」
「では、期間を設けて契約をするってのはどうですか? 『それなり』……たとえば、白金、金、銀、銅、鉄、石の順でしたっけ、冒険者のランクは。その内の『銀』になるまでを支援して、そこに至ったら配当を貰うとか」
「結構良いかもしれないな。銀等級の冒険者ともなりゃあ簡単に夜逃げもできねえし、予め契約してるってのを喧伝していれば、逃げたときに名が傷付くだろう」
「わざと銅までで止める奴が出てくるかも知れねえが」とジーニス先生は呟いた。確かにそれも問題だが、一番の問題に関してはどうにも解決法が出てこない。
「で、第四……そんな金はどこにあるのか、ですか。……ジーニス先生?」
「なんで俺なんだよ。お前のお父ちゃんとお母ちゃんはどうしたんだよ」
「いや、冷静に考えて、五歳児に冒険者を生活させるだけの金を出してくれるわけがないなって……」
「……そういやお前って五歳だったわ。失念してたわ」
俺も忘れていたが、俺は五歳児なのである。普通ならうんこちんこでゲラゲラ笑っているようなガキなのである。それがいきなり事業計画を立てて金を貸してくれなんて言い出せば、ドン引きされるに決まっている。
いや、あの両親のことだ。きっと褒め称えられはするだろう。そのアイデアを思い付いたことに。金関係に関しては意外とシビアなので、絶対に貸してはくれないだろうが。
俺が可愛がられているのは、俺が子供であるが故の可愛がりである。決して有能な投資家だとか、将来有望な経営者に対する期待ではない。そういうのは兄二人の仕事なのだ。
「えーじゃあ何? 計画倒れ? 折角の娼館通い計画がよぉ……」
「五歳児の前で娼館とか言わないで下さいよ」
「当然のように娼館って言葉の意味を理解している五歳児にドン引きだぜ!」
ジーニス先生は言葉とは裏腹に愉快そうに笑ったが、ふと何かを思い付いたように眉間に皺を寄せた。
「そうか……技術ってのもあるか。技術でのサービス……それが報酬になるってか?」
「娼館からアイデアを思い付くとか最悪すぎますよ先生」
「まあ聞けよ。こりゃあひょっとしたら金がなくてもやれるかも知れねえぜ」
そう言って先生はトントンと自らの杖を叩いた。銀細工が施されたステッキは、彼が魔術を使うための魔道具である。
「魔術……エンチャントだよ。装備を用立てることは出来なくても、予め存在する装備にエンチャントを加える。これも出資じゃねえか?」
「……まだ習ってないんですが。基礎魔術ではなく、魔術式学の方面でしたよね?」
「教えるから覚えろ。つうかそろそろ基礎も飽きてきただろ。これからは難しくいくぜ」
まだ先生に習い始めてから一年も経っていないのだが、しかし、それはそれでありがたい話だった。基礎魔法、火、水、風、土の四属性に関しては、既に熟知している。
「……しかし、そうなると、計画はまだまだ先のことになりそうですね。先生、手伝ってくれません? 俺が見つけて先生が支援するって形で」
「えー俺ぇ? 俺、冒険者って嫌いなんだよなあ。品性下劣で頭悪いし」
「ヘイトスピーチが凄い……」
まあ先生の個人的好悪は置いておいて、技術だけの支援では、恩も余り売れないだろう。契約面でも配当は渋くせざるを得ないだろうな。
となると、夢の不労所得生活は夢のまた夢。これではスポンサーどころかエンチャント屋さん扱いである。サブのサービスとして考えてはおくが、やはり計画の主軸としては、その装備から生活まで、立身出世をサポートするところにあるだろう。
即ち……。
「金も技術も全然足りませーん! 仕方ないからお父ちゃんお母ちゃんに小遣いねだって貯金しようぜ」
「奴隷を買うとしたら結構な金が必要だし、冒険者相手にも見せ金は必要ですよね。なんもかんも足りません」
「まー奴隷市巡って吟味するぐらいはしとくか? 見定めるにも基準って奴が必要だろ?」
「……俺が五歳だって事忘れてません?」
「……忘れてたわ」
それで、この素晴らしい穴だらけ計画は、残念なことに無期限延期となったのである。金を稼ぐのに金が必要とか、世の中間違ってるだろ……。
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