第40話 傭兵情報網

 ウェルバット王国第一王子ウェルトは、その日から姿を消した。


 失踪者として国王ビディコンスは創作するよう指示を出した――それだけだった。


 唯一の功績とも言えた魔力装填薬カートリッジもなく市場から姿を消す。


 何も残せなかった男は、死体も魂も残せず、この世から消滅した。


 葬儀を上げることもできず、墓もなく、このまま人々から忘れ去られていくのだろう。


 その夜、リストリットは私室で一人、静かに酒をあおっていた――兄を弔う酒だ。


 未だ婚姻していないニアは、彼女の私室で眠りに就いている。


 ソファで幼い頃の兄との思い出にひたりながら、一献いっこん、また一献いっこんと飲み干していく。


 酒をあおり終わると、リストリットは静かに窓辺に立った。


 一人で窓に臨む王都の町並みを見下ろし、そこで眠りに就く民に思いをせた。


 この国を、民を必ず自分が守ると、亡き兄に誓っていた。





****


 翌日、ノヴァとアイリーンがリストリットの執務室を訪れた。


 リストリットが顔を上げ、笑顔で告げる。


「ん? どうしたノヴァ。何か用か?」


 リストリットは以前の姿に戻っていた。


 わだかまりを心の奥に沈め、時間が傷をいやすのを待つ――強靭きょうじんな精神を持った男だ。


 ノヴァが静かに笑みを浮かべ、リストリットにたずねる。


駐屯ちゅうとんするアルトゲイル軍を受け入れる準備は進んでいるのか』


 リストリットが困惑した様子で眉をひそめた。


「どうした? お前が気にすることでもないと思うが。

 テスティア女皇から『一週間後に三千の兵が到着する』と伝えられている。

 それを受け入れる準備はもう済んだ。

 後続の兵力が来るらしいが、それはまだだ」


 ノヴァが思案しながら告げる。


『一週間後か、なるほどな。ならば寸前で間に合うかどうか、といったところか』


 リストリットが怪訝けげんな顔でたずねる。


「どういう意味だ? 何を知っている?」


『ブルームスベイルゲイルがミドロアル王国の情報を持っていた。

 “早ければ一週間後には、五千程度の兵力がこちらに向かってくるだろう”とな』


 リストリットの顔に険しさが増した。


「五千か。苦しいな――だがなぜ、奴がそんなことを知っている?」


『あいつは人間社会で“ブルームス・ゲイル”として生きている。

 ミドロアル王国でも傭兵の情報網を持っていたようだ。

 出兵する兵士として、傭兵が招集されていたらしい。

 予想できる規模が“およそ五千だろう”と言っていた。

 ――今、この国が用意できる戦力はどれくらいだ?』


「ミドロアル方面なら、今から用意して二千がいいところだな……。

 アルトゲイルの兵力と合わせても五分か。

 兵士の質の差があるから、戦力差はハッキリとは言えん。

 わが軍がアルトゲイル軍の足を引っ張るだろうから、五分に持ち込めるかも怪しいな」


『では、今すぐ用意できる兵士は何人だ?』


 リストリットが目を見張って声を上げる。


「今すぐ?! ――今、ミドロアル方面に配置している守備兵は五百だ。

 王都に居る守備兵ですぐに動かせるのは五百程度。合流させて一千がいいところだろう」


 ノヴァが顎に手を当てて告げる。


『そうか……では提案だ。

 そのミドロアル方面の守備兵五百をもって、ただちにミドロアル王国に攻め込む。

 そのまま相手の王都まで直進し、王都を陥落させる。

 お前は五百の兵の兵站へいたんだけ手配すれば良い――どうだ?』


 リストリットが椅子から立ち上がって声を上げる。


「でたらめにも程がある! そんな遠征に付いてくる兵士など居ない!

 脱走兵が続出して、軍の形を維持することすら難しくなるぞ!

 兵士の質が違うんだ!

 ミドロアル王国の軍と衝突すれば、同数でも即座に全滅なんだぞ?!」


『敵兵はこちらが始末してやる。

 他国が見て、ウェルバット王国がミドロアル王国をくだしたと見えれば良い。

 お前は軍の形を維持することのみをつとめろ

 そうだな……五十人も残っていれば良い――可能か?』


 リストリットが混乱した様子で、それでも頭をきむしりながら答える。


「……俺が陣頭指揮をったとしても、難しいな。

 我が軍は他国に攻め入った経験がない。

 そんな兵士を鼓舞こぶしても、五十人も残せる保証はない――だが、何をする気だ?」


 ノヴァが淡々と告げる。


『エウルゲーク王国、エグザム帝国もこちらに攻め入る準備に入ったらしい。

 そう遠くないうちに開戦するだろう。

 その前にウェルバット王国の軍事力が上がったと見せつけねばならん。

 開戦を躊躇ためらわせ、アルトゲイルから後続兵力が来るまで時間稼ぎができれば良い』


 アルトゲイル皇国の武力を取り込む希望を得たビディコンス王は、周辺国への献上金を拒否しだした。


 約束の期限を過ぎても献上金を渡さないこの国へ、制裁のための出兵が行われるのだ。


 周辺強国はこの国へ身の程を思い知らせるため、必要以上の戦力で踏みつぶしに来る。


 国土を蹂躙じゅうりんし、この国にある金品を強奪して『献上金の代わり』とするのだ。


 これは根こそぎ奪われる献上金の争奪戦――強国たちが同時に動く理由だ。


 早い者勝ちの総取りとなる。


 ノヴァの説明を聞いたリストリットが、吐き捨てるように告げる。


「――チッ! 勘弁してくれよ!

 ここにきて強国三国相手の戦争まで起こるってのか!

 だがアルトゲイルの兵力が駐屯ちゅうとんすれば、簡単には攻め入って来れないはずだ。

 たとえ三千でも大国アルトゲイル皇国を敵に回す力は、周辺国にはない。必ず躊躇ちゅうちょする」


『攻め入られる前に“アルトゲイル皇国軍が居る”と羞恥できればだがな。

 相手がアルトゲイル軍三千ごと、こちらを押しつぶすこともあり得るぞ?

 アルトゲイル軍に気づかない振りをして押し切られれば、国土は蹂躙じゅうりんされる。

 為政者ならば、間に合わない場合も想定しておけ。先に打てる手は打つものだ』


「……ならば、我が国とアルトゲイルで今すぐ声明を出せばいい。

 こちらから戦争をしかける必要なんてないだろう」


 ノヴァが楽し気に笑みを作った。


『まだわからんか? “この機に目障めざわりなミドロアル王国を叩き潰す”と言っているのだ。

 ミドロアル王国を叩き潰せば、ビディコンスも安心して少しは態度を軟化させるだろう。

 奴にアルトゲイルの軍事技術を渡さないためにも、これは有効な手だ』


「だが俺が率いるとして、たった五百の守備兵でどうやってミドロアル王国を攻め落とす?!

 あの国には三万の兵力がある!

 お前がやるというが、お前だって三万の兵を降すような強大な力を振るえる体じゃないだろうが!」


 ノヴァが冷笑を浮かべて答える。


『ふん、神もあなどられたものだな。

 今はテスティアとブルームが居る。

 あいつら二柱は俺の半身とも言える力だ。

 今の俺でも二人がそばに居れば、三万程度は相手をしてやれる。

 アイリーンも“お前の力になりたい”と張り切っているぞ?

 先史文明の魔導士の力、見せてやろうではないか』


 にこやかに微笑むアイリーンを見て、リストリットが声を上げる。


「嬢ちゃんまで戦争に駆り出そうってのか?!

 俺はお前たちを人殺しの道具にしたくないと、何度言えばわかる?!」


『このまま放っておけば、いずれかの国が王都まで攻め入るだろう。

 アルトゲイルからの後続兵力が到着するまで時間がかかる。

 そうなればいずれにせよ、俺たちの出番だ。

 俺たちにも憂さ晴らしをしたいときくらいある。

 お前の兄を救えなかった鬱憤うっぷんを晴らす場くらいよこせ』


 リストリットは眉をひそめ、脱力して机に肘をついた。

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