第29話 はじめましてアルテイル魔導学園

 午前中のお茶会が王宮で開かれた。


 参加者は国王ビディコンス、王妃テナー、リストリット、ノヴァとアイリーン。


 そしてテスティア女皇だ。


 ビディコンスが朗らかにノヴァとアイリーンを見て告げる。


「君たちがリストリットが連れて来た孤児、ということかな?」


 ノヴァがにこやかに答える。


「はい、その節はお世話になりました」


 テナーがうなずきながら告げる。


「とても知的なお顔をしているわね。

 孤児だったなんて、嘘みたい」


 テスティアが困惑した顔でビディコンスにたずねる。


「ビディコンス国王、なぜ私はこの場に呼ばれたのでしょうか」


 ビディコンスが微笑ほほえみながら答える。


「夜会でノヴァたちとテスティア女皇が長い間見つめ合っていた――そう聞いています。

 その後、五人で控室に移動したとも。どういった理由で、なにをしてらしたのですかな?」


 テスティア女皇が眉をひそめ、悲しな表情で答える。


「そうですか、それで私を――ええ、お察しの通りです。

 ノヴァは私がお腹を痛めた子、公的な皇族ではありませんが、間違いなく我が子です。

 十年前、ノヴァとアイリーンを散策させていた乳母が賊に襲われました。

 以来行方不明となり、密かに行方を捜していたのです」


 テナーがハンカチを目元に持っていきながら告げる。


「そう、私生子でいらしたのね……。

 十年も我が子とはぐれるなど、おつらかったでしょう?」


 テスティアが苦悶の表情で答える。


「はい、手掛かりは全くなく……まさか、このような場所で偶然会うことができるとは。

 思わぬことに、時間を忘れて見つめてしまいました」


 ビディコンスがうなずきながら告げる。


「アルトゲイルの女皇でも、私生子を作ることがあるのですな」


 テスティアがあわてて答える。


「――どうか! どうか、その件については深くお聞きにならないでください。

 我がアルトゲイル皇国の恥となります」


 ビディコンスが満足気まんぞくげうなずいた。


「わかりました。ですがそうなると、ノヴァくんはアルトゲイルの皇族となる。

 このまま、この国に滞在させるわけにはいきますまい?」


 テスティアが首を横に振った。


「いえ、ノヴァは『この国に残りたい』と言っています。

 さらわれた恐怖と放浪生活で、アルトゲイルの言葉も忘れています。

 帰国しても、私生子に正式な居場所はありません。

 女皇が継ぐ国家では、男児の皇族は立場も弱い。

 ならば、ノヴァには好きに生きてもらいたいと思っています。

 可能であれば、引き続きリストリット王子に預けたいと……ご迷惑、でしょうか」


 リストリットが大袈裟に胸を叩いた。


「ノヴァとアイリーンのことなら任せておいてください!

 責任をもって、お預かりしましょう!」


 テナーがテスティアにたずねる。


「それで、アイリーンちゃんのご両親は今、どちらに?」


 テスティアが伏し目がちに答える。


「賊に襲撃された折に、二人とも命を落としました。

 アイリーンは天涯孤独の身、ノヴァとアイリーンも、生涯を共にしたいと言っています。

 ならば、私はノヴァたちの好きにさせたいと思います」


 ビディコンスがうなずいたあと、ノヴァとアイリーンに目を向けた。


「アルトゲイルの皇族ならば、能力が高いのもうなずける。

 二人が無事、テスティア女皇の目にまって良かった」


 テナーがテスティアにたずねる。


「それで、ノヴァ殿下やアイリーン様の名前はどうされるのですか?

 今のウェルシュタインという名前は、リストリットが与えたものだと聞いています。

 本来の名前があるならば、そちらを名乗るべきでしょう」


 テスティアが首を横に振った。


「いいえ、ノヴァが私生子であることに変わりはありません。

 私の、我が国の恥です。どうか名前はこのまま、彼らの素性を隠してください。

 この仮は必ず、何らかの形でウェルバットにお返ししたいと思います」


 ビディコンスは大いに満足してうなずいた。


 大国アルトゲイル国国が隠したがっている恥部。その情報を握れたのだ。


 金銭的支援にとどまらず、軍事支援すら引き出せるだろう。


 現在のウェルバット王国を救いうる支援を間違いなく要求できる。


 私生子とはいえ、テスティア女皇の実子を手元に確保することもできた。


 人質と言っても差し支えがない。


 ノヴァの存在をちらつかせれば、必ずテスティア女皇をうなずかせることができる。


 ビディコンスがリストリットに向けて告げる。


「これからは、私とテスティア女皇で話をする。

 お前は子供たちを連れて下がりなさい」


 リストリットは立ち上がり、頭を下げた。


「わかりました。では私たちはここで失礼させて頂きます」


 そのままリストリットはノヴァとアイリーンを連れ、お茶会の場をあとにした。





****


 廊下を歩くリストリットが、悲しい瞳で告げる。


「父上のあんな姿は、できれば見たくなかったな」


 ノヴァが前を向きながら答える。


「これから国王は、僕を人質としてテスティアに全力の支援を求めるでしょう。

 心に抑えが効かなくなっています。

 確かに、息子が見たくない王の姿だったでしょうね。

 ――ですが、ウェルバット王国の窮状きゅうじょうが救われる目途めどが付いた、といってもいいのでは?

 不幸中の幸いというところですね」


 リストリットがため息交じりに答える。


「ああ、そうだな。それについてだけは、胸をで下ろしているよ。

 アルトゲイル皇国が背後に付けば、そう簡単におどせる国じゃなくなるはずだ。

 増税も、しなくて済むかもしれん。

 ――そんなことより、お前らは週明けからの学校に備えておけよ?

 今の俺には、そっちの方が心配なんだ」


 アイリーンが優しく笑った。


「リストリットさん、まだ自分のことより他人のことを心配するのね! お人好し過ぎるわ!」





****


 週が明け、ノヴァとアイリーンは魔導学園に向かうための馬車に乗っていた。


 送り迎えは世話係の侍女が二人ほど付き従っている。


 馬車の周囲には、騎士四人が馬で護衛に付いていた。


 アイリーンが馬車の中で、目をこすりながら告げる。


『これから毎日、この時間に馬車に乗るのね。ちょっと眠いわ』


 ノヴァが明るい声で笑った。


『アイリーンはしばらく、昼近くまで寝ていることがおおかったからな。

 良い機会だ。生活を改めるがいい』


 アイリーンが馬車の外をながめながら告げる。


『でも、なぜ急に騎士の護衛が付いたのかしら?』


『俺たちはアルトゲイル皇国から支援を引き出すための、大切な人質だからな。

 見張りを兼ねて護衛を付けたのだろう』


『まぁ、大変なことね。私たちも目立って変なことはできなくなるのかしら」


『なに、俺の認識阻害魔法を防げる人間は、そう多くはないだろう。

 これまでと変わらず過ごせばいい』



 馬車が学園に到着し、ノヴァとアイリーンは侍女に手を取られて馬車を下りた。


 校舎へ向かう二人の背に、侍女たちが声をかける。


「いってらっしゃいませ、殿下」


 その途端、ノヴァとアイリーンの足が止まった。


 アイリーンが侍女に振り向いてノヴァに告げる。


『え?! 今、殿下って言わなかった?!』


 ノヴァも振り向いて、侍女の心を見透かすように目をらす。


『……どうやら護衛の騎士経由で、“俺たちがアルトゲイルの皇族”ということが伝わったようだ。

 国王が急遽、そういう通達をだしたらしい』


 アイリーンがノヴァの顔を見てたずねる。


『どういうこと? テスティアさんは“内密に”って言ってなかった?』


『おそらく、国王が出した条件をテスティアが全て飲まなかったのだろう。

 おどしのつもりか。稚拙ちせつだな』


 アイリーンが眉をひそめた。


『それって、“また条件をのまなければ、私生子であることをばらす”っていう意味かしら?

 人としてどうなの? それって』


 ノヴァは特に気にする様子もなく、平然と歩き始めた。


 アイリーンもあわててそのあとを付いていく。


『それだけ、この国が置かれている状況が苦しいのだろう。

 あとはテスティアが巧くやる。心配するな』






****


 ノヴァたちが教員室に到着すると、一人の教師が外で立って待っていた。


 まだ年若い、柔らかな雰囲気を持った男性だ。


「君たちが今日から編入する生徒だね。アルトゲイルの皇族だと聞いている。

 だがこの学園の中では身分で上下が決まらない。そこはわきまえておいてくれ」


 ノヴァがうなずいて答える。


「はい、それは問題ありません――ところで、貴方あなたは?」


 教師があわてた様子で答える。


「おっとすまない、言い忘れていたね。

 僕はムシュメルト、君たちの担任教師だ。

 授業もほとんど全て僕が受け持つよ」


 アイリーンがにこやかに告げる。


「ムシュメルトさんね。よろしくお願いするわ。

 私はアイリーン・ウェルシュタインよ」


 ノヴァも続いて告げる。


「僕はノヴァ・ウェルシュタインです」


 ムシュメルトが柔らかく笑い、うなずいた。


「では、教室に案内しよう」

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