神を拾った竜殺し~星の少年と炎の少女~・改訂版

みつまめ つぼみ

第1章:神を拾った竜殺し

第1話 そして彼は少年と出会う

 小さな角灯ランタンだけが照らす真っ暗な部屋の中で、壮年を迎えたばかりの屈強な男の姿があった。


 筋骨隆々、身長百七十センチを超える体格を持つ男。髪は短く、赤茶けている。


 『竜殺しのリスナー』、そう呼ばれる有名な冒険者だ。


 角灯ランタンを持つ女――魔導士アンジェーリカは男の様子を静かに見守っていた。


 リスナーが魔力装填薬カートリッジを懐から取り出し、一気に飲み干した。


「……これで五撃目だ。今度こそ壊れてくれよ?」


 リスナーは長剣ロング・ソードを両手で構えると、魔力を全身にみなぎらせていく。


 武器にも魔力を浸透させ、はじける様に駆けだした。


 駆け出した先にある円筒のガラス容器――中には一人の少年が目をつぶって浮かんでいた。


 ガラス容器に一瞬背を向け、その勢いのまま長剣ロング・ソードが振り抜かれる。


 百年を生きた古竜エンシェント・ドラゴンの鱗すら両断する、リスナー自慢の一撃だった。


 リスナーの持つ長剣ロング・ソードがガラス容器に叩きつけられた。


 室内に甲高い金属音が木霊こだまする。


 同時に鈍い音がして、ガラス容器に大きな亀裂が走っていた。


 アンジェーリカが喜色きしょくを交えて声を上げる。


「やったわリスナー! 今ので保護魔法が破損したわ!

 これでもう、普通に破壊できるはずよ!」


 リスナーが大きくため息をついた。


「自慢の一撃を五発で、ようやく『亀裂』か。自信を無くしそうだぜ」


 溶液が漏れ出している容器に、さらにリスナーが刃を振るっていく。


 中の少年を傷つけないよう、慎重にかつ、確実に古代の硬化ガラスを破壊していった。


 人が通れる大きさの穴を作ったリスナーは、中から少年を引きずり出していく。


 角灯ランタンが照らす中、リスナーは少年の様子を観察した。


 黒く短い髪、病的に白い肌。年齢は十五歳前後だろうか。


 だが呼吸はしているようだし、心臓も動いている。


 千年以上昔の古代文明の遺産――古代遺物ロスト・アーツ


 人間の姿をしたそれは、今まで聞いたこともない。


 だが古代遺跡ベリド・アークの中にある以上、この少年が古代遺物ロスト・アーツなのは間違いなかった。


 リスナーは少年を床に寝かせ、長剣ロング・ソードを鞘に納めた。


「なぁアンジェ、≪覚醒≫の魔法は効果があると思うか?」


「うーん、試してみましょうか」


 アンジェーリカが覚醒魔法を展開し、少年に向けて放つ。


 少年のまぶたがピクリと動き、ゆっくりと開いていった。


 その瞳は琥珀を通り越した金色――まるで竜の瞳のような色だ。


 瞳孔は人間の形をしているが、それ以外は竜と変わらない。


 少年はうつろに天井を見上げていた。


 リスナーが様子をうかがいながら声をかける。


「坊主、お前何者だ? 名前はあるのか?」


 アンジェーリカが苦笑を浮かべて告げる。


「リスナー、先史文明の存在よ?

 現代の言葉は通じないわ。

 ――ちょっと待って、いま翻訳魔法をかけるから」


 手の周りに≪翻訳≫の術式を展開し始めるアンジェーリカを、少年の声がさえぎる。


『そうでもないぞ、人間』


 リスナーとアンジェーリカが、驚いて一歩退しりぞいた。


 少年は天井を見上げてはいるが、その瞳には確かな意思を宿していた。


『名を聞いていたな――俺の名はノヴァ。

 ……それ以上は思い出せん。今は自力で体も動かせん。

 おい、起き上がらせろ』


 リスナーは少年に近寄って抱き起こし、再び語り掛ける。


「坊主、『ノヴァ』と言ったな。お前は何者だ?」


 アンジェーリカが荷物の中から着替えの長衣ローブを取り出した。


 この年齢の全裸など、人目ひとめさらしていいものではない。


 女物だが、ノヴァの背格好なら問題はないだろう。


 アンジェーリカがノヴァに長衣ローブを着せていくと、彼が口を開く。


『“何者”か。俺は何者なんだろうな。

 記録はあるが、しっくりこない』


 リスナーが少年を抱えたまま答える。


「記録には何とあるんだ?」


『この体はホムンクルス――人造人間、と言えばわかるか?

 魔導技術で作られた人工の人間だ。

 だが、心がそれを否定している――俺はホムンクルスではない』


 アンジェーリカが記憶を漁るように目を伏せた。


「ホムンクルス――先史文明に居たとされる、『人によって作られた人間』の固有名ね。

 伝承では個体名だったけれど、実際には製品名だったということ?」


 ノヴァが口角を持ち上げて笑みを作る。


『製品名か。まぁそうだな。人造人間製造技術で作られた存在の総称だ。

 だがそんなことより――そこの貴様ら、敵意を隠しきれてないぞ。出て来い』


 ノヴァの目が、広間の入り口に向けられていた。


 リスナーが慌ててノヴァを抱えたまま立ち上がり、腰から長剣を抜いて構える。


 アンジェーリカが横からノヴァを受け取った。


 片手が空いたリスナーが素早く魔力装填薬カートリッジを飲み干し、空き容器を床に投げ捨てた。


「そこの貴様ら! 何者だ、出て来い!」


 アンジェーリカが角灯ランタンを広間の入り口に向けて掲げる。


 暗闇の奥から、角灯ランタンを手に持った満身創痍の兵士が三人、手に長剣ロング・ソードを構えながら出て来た。

 体も鎧も傷だらけで、応急処置の跡はあるが包帯は血がにじんでいる。


 兵士たちが角灯ランタンを床に置き、敵意に満ちた眼差まなざしをリスナーに向けながら間合いを詰める。


 リスナーは兵士たちに聞こえるよう、大きく声を上げる。


「この古代遺物ロスト・アーツは俺が確保した!

 エウセリア国際法で規定された通り、所有権は俺が有する!

 お前らに権利はない! 帰れ!」


 大柄な兵士が力強く答える。


「ここまで数多くの部下が命を落とした。

 連れて来た部下のほとんどを失ったのだ。

 成果なしで戻れるか!」


 リスナーが小さく息をついて答える。


「お前ら、途中の古竜エンシェント・ドラゴンを起こしたのか。

 馬鹿な奴らだ。こんな場所で古竜エンシェント・ドラゴンと戦って、無事で済むわけがないだろう。

 なぜ引き返さなかった?」


 大柄な兵士が歯を食いしばりながら憎々し気にリスナーをにらみ付けた。


「竜から逃げる腰抜けが、何を偉そうに!」


 リスナーは飄々ひょうひょうと答える。


「勝てない戦いに身を投じるのは『馬鹿』というんだ、愚か者が。

 ――ともかく、古代遺物ロスト・アーツの横取りは国際犯罪だ。

 殺されても文句は言えんぞ。死にたくなければ帰れ。命を粗末にするな」


 大柄な兵士の脇にいた兵士二人が、声を上げながら駆けだした。


「腰抜け風情に、負ける我らではない!」


 リスナーも兵士二人を迎え撃つように駆け出していく。


 兵士たちが構えた剣を振るう暇も与えず、リスナーの剣閃が兵士二人の命を奪っていった。


 残った大柄な兵士が警戒心を高めて身構えた。


 生き残っていた最後の部下すら失った男は、悔しそうに声を上げる。


「貴様、何者だ!」


「名乗ってほしければまず、自分から名乗るものだ」


 リスナーの飄々ひょうひょうとした声が、男の表情をけわしくする。


 両者がにらみ合いながら、少しずつ間合いを詰めていく。


 弾ける様に両者が同時に動き、一合、二合と剣を打ち付け合う。


 互いの斬撃の重さを確かめるような剣舞が五合。


 六合目の斬撃を繰り出した兵士の一撃をリスナーがいなした。


 体勢を崩した兵士の首を目掛けてリスナーの斬撃が繰り出される。


 ――取った!


 必殺と思えたその一撃を、兵士は刹那せつなで反応し身をかがめて回避し、素早く距離を取った。


 息をあらげた兵士が、呼吸を整えて静かに告げる。


「……ミドロアル王国、ルーゲンバックだ」


「ウェルバットの冒険者、『竜殺しのリスナー』だ。

 よく今の一撃を避けたな」


 両者が腰を落とし、長剣ロング・ソードを構えた。


 わずかな静寂――ほぼ同時に床を蹴り、間合いを詰めて必殺の一撃を繰り出し合う。


 兵士が振り下ろした渾身こんしんの一撃より速く、リスナーの回転横ぎが兵士の体を両断していた。


 男の体が床に落ちるのを確認してから、リスナーが剣を鞘に納める。


「――ふぅ。俺の自慢の一撃、ちゃんと必殺だったな。

 よかったよかった。これで自信が回復だ」


 飄々ひょうひょうと口にしながら、リスナーが兵士の死体に近づき認識票ドッグ・タグを探った。


 首からかかっていた認識票ドッグ・タグを引きちぎり、名前を確認する。


「ミドロアル王国、ルーゲンバック将軍で間違いないな。

 まっさか本人が来てるとはねぇ」


 隣国ミドロアル王国でも武勇に優れると評判の大物軍人だ。


 ここ、竜峰山ドラゴンズ・ピークを攻略するために、騎士団を率いてやってきたのだろう。


 兵士に扮装していたのは、偽装工作だろうか。


 古竜エンシェント・ドラゴンとの闘いで満身創痍でなければ、リスナーでも苦戦は免れない相手だった。


 最後の一撃も紙一重に近い。運が良かったのだ。


 ノヴァがアンジェーリカに抱えられながら告げる。


『おい“リストリット”、“ニア”では腕力が足りず、体が安定しない。

 お前が俺を抱えろ』


 アンジェーリカがあおめ、腕の中のノヴァを見つめた


 リスナーが気怠そうに答える。


「あー? 坊主が贅沢を言うな。

 そんな綺麗なねーちゃんに抱きかかえられて嫌がるなんて、どういう神経してるんだ」


 リスナーがアンジェーリカの腕からノヴァを受け取ってたずねる。


「お前は自分がしっくりこないと言ったな? それはどういう意味だ?

 ホムンクルスなのに、ホムンクルスじゃないって言うのか? 意味が分からん」


 アンジェーリカはリスナーとノヴァを見つめ、おびえていた。


 『その事実』に、リスナーはまだ気が付かない。


『ホムンクルスは通常、人造魂魄こんぱくを注入される。

 だが俺の魂は人造魂魄こんぱくではない。

 ――これでわかるか? “リストリット”」


 リスナーが眉をひそめて答える。


「うーん、魂が別物ってことか?

 じゃあ、誰かの魂だってのか?」


 たまらずアンジェーリカが叫び声を上げる。


「殿下! ノヴァから離れてください! 危険です!」


 リスナーは唖然あぜんとその言葉を聞いていた。


 ――殿下、だと?


 今のアンジェーリカは『冒険者アンジェーリカ』ではない。


 リスナーの側近、『宮廷魔導士ニア』だ。


 そこでようやく、リスナーはノヴァの言動に違和感を覚えた。


「ノヴァお前、俺たちの名前――」


 ノヴァが口角を上げて笑みを作る。


『リストリット第二王子と近衛魔導士ニア、か。良い関係だな。

 だが、十年以上も腐れ縁を続けるというのは、いささか不甲斐ないと思わんか?

 いい加減、その関係にケリを付けろ』


 リスナーリストリットの背筋を、冷たい汗が流れていった。

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