20 黒猫探偵マメ

 翌日。

 今日は朝から、グズついた天気だった。


 ルナの飼い主、高校2年生の相田咲綺あいださきさんが、塾のあと一緒に帰っている人物。

 それが誰でどういった人物かを確かめてみると、昨日ルナと約束した。


 雨、止めばいいけども……。

 傘を差して歩かれると、特徴がよく見えないので、少々厄介である。


 僕は咲綺さんの顔を知らないため、ルナから彼女の特徴を教わっている。咲綺さんはストレートのロングヘアで、白猫のキーホルダーを付けた、黒っぽいリュックを背負っているらしい。



 自分なりに調べたところ、咲綺さんが通っている塾は、駅前にある、芸大・美大受験専門のミウラ塾と思われる。ここは決まった受講時間というものがなく、平日の午後4時から9時半までの間、好きな時間に行って絵を描くことができるそうだ。


 咲綺さんはほぼ毎日通い、最後までいるみたいなので、今日も9時半ごろに塾から出て来るだろう。



◇◇◇



 夕食が済んだ、午後6時すぎ。

 外はまだ、小雨が降っている。窓から見えるどんよりした雲に、気分が滅入る。

 低気圧のせいか、今日は朝から、体の調子もあまりよくない。


 午後9時、消灯時間。

 看護師さんが様子を見に来て、部屋の明かりを消した。代わりにトイレ用の非常灯が点灯し、淡い光を放つ。


 看護師さんの足音が遠ざかるのを待ってから、僕は準備に取り掛かった。



 ミウラ塾からこの病院までは、おしゃべりをしながらゆっくり歩いても、10~15分程度だろう。いつも十字路で立ち話をしているようなので、こちらも9時半ごろに病室を出れば、十分間に合うハズである。


 ベッドから体を起こし、窓から外を見ると、8時頃までパラパラ降っていた雨は、ひとまず止んでいた。ただ上空にはまだ黒い雲があるので、またいつ降り始めるかわからない。


 大丈夫かな……。


 外の薄暗さに、僕は少し不安になった。

 夜間はやはり、昼間とは雰囲気が異なる。

 そもそも僕は、夜の外出自体に慣れていない。


 父に、連絡してみようか。


 ふと、頭をよぎった。

 事情を話せば、父さんなら来て、助けてくれるかも知れない。

 そう思い、スマホを手に取る。

 しかしアドレスブックを開いた時点で、手を止めた。

 親に甘えるなんて子供っぽいと、思えたからだった。

 臆病者だと、ルナにも笑われてしまう。


 ここは自分の力だけで、成し遂げなければ!



 そしていよいよ、その時が来た。


 午後9時半。

 雨は降っていない。

 窓を少し開け、僕はいつもと同じ手順で、マメにフルダイブした。

 窓から病室を抜け出し、地上へ下りる。


 辺りは薄暗く、とても静かだ。チッチロリンと、マツムシの鳴く声が聞こえて来る。

 駐車場に車はなく、普段よりも景色が広々として見える。大海に浮かぶ、小舟のような気分である。



 順調に病院の正面玄関まで来ると、玄関前に立つ、男性警備員の姿が目に入った。

 人の姿があると、緊張が少し和らぐ。


 警備員のおじさんは僕に気付くと、かまって欲しそうに、チッチッと舌打ちしながら人差し指を向けて来た。

 僕は今急いでいるので、ペコリとお辞儀だけをして場を離れる。

 すると警備員のおじさんは、悲しそうに眉を垂らした。


 なんか……、胸が痛む。


 愛想のない猫で、ごめんなさい。

 でも今は、遊んでいる暇はないからね。



 僕はそのまま十字路まで向かい、脇の植え込みに身をひそめて、咲綺さんたちがやって来るのを待つ。


 この辺りは住宅地なので、今の時間帯、家路につく人たちの姿が多く見られる。

 今日は朝から雨がちらついていたため、徒歩の人が多いみたいだ。

 咲綺さんも今日は、自転車を押していないかも知れない。



(TAMA、咲綺さんを見つけたら、教えてね)



 念のため、マメの中にいるAI【TAMA】にもお願いしておく。



(マメ、リョウカイ了解



 TAMAは僕とルナの会話を全部聞いているので、特徴もわかっているだろう。AIだし、氏名、年齢、住所などの情報から、顔までをすでに特定できているかも知れない。

 ちょっと、心強い。



 しばらくすると、歩道を隣り合って歩く、制服姿の男女2人組が、こちらへ向かって来る姿が見えた。

 女の子の髪は、ルナから聞いていたストレートのロングヘア。

 2人共自転車は押しておらず、閉じた傘を手に持っている。



 あれかな……。



(マメ、アイダサキサン ヨ相田咲綺さんよ



 僕が特定するよりも先に、TAMAが教えてくれた。

 やはり、AIは早い。


 ルナは黒っぽいリュックと言っていたが、咲綺さきさんが背負っているのは、ワインレッドである。ショルダーストラップの色に混乱して、自信がなかったけど、TAMAのおかげで助かった。

 きっと猫の目では、色の区別は正確にできないのだろう。



 来た!



 僕のテンションは、一気に上がった。


 咲綺さんの隣にいるのは、ルナが予感した通り、男子高校生である。

 制服の胸元に付いている校章が2人共同じなので、同級生なのだろう。

 2人は十字路まで来て足を止めると、案の定、立ち話を始めた。横断歩道から少し距離を取り、僕のすぐ側の、街灯の下で話し始めた。


 僕は植え込みに身を隠しながら、2人を観察する。


 男子高校生の方へ視点を定めると、カメラのレンズが被写体をクリアに捕えるように、暗い中でも顔をはっきりと確認することができた。

 猫型ロボットは、こういうところが便利だ。



 おおっ…!

 これはっっ……!!



 街灯の明かりによる、コントランスの影響もあるのかも知れない。

 けれど男子高校生は、男の僕の目から見ても、間違いなくハンサムボーイである。笑顔が爽やかで、身長は咲綺さんより、20センチ近く高い。芸大・美大を目指しているということは、文科系なのだろうけど、スポーツもできそうな体型をしている。


 咲綺さんへ向ける眼差しも柔らかく、うちの父が母を見る時の目に似ている。

 優しそうで、『守ってくれそうなタイプ』、といったところだろうか。

 咲綺さんも、幸せそうな笑顔を浮かべている。


 どこからどう見ても、好青年。

 きっとルナも、納得するだろう。

 


 いいなあ……。



 仲睦まじそうな2人の姿に、ついつい見入ってしまった。



 ………あ。



 そのラブラブな姿に触発され、ふと、チュートリアルで学んだ、顔生成・顔入れ替え・顔合成のテクニックを思い出した。



 そうだ!



 テクニックと言っても、AI【TAMA】に指示を出すだけである。


 早速、試してみる。



(TAMA、ルナの顔を人間の女の子風に生成して、咲綺さんの顔と入れ換えてくれるかな。髪型は、ポニーテールがいいな)


リョウカイ了解


 頭の中でTAMAに指示を出すと、あっと言う間に、咲綺さんの顔が、人間の女の子風ルナの顔と入れ替わった。


 白い肌に、長いまつげの、パッチリお目目。

 ルナの面影が、色濃く残っている。

 キューティクルが眩しい、艶々つやつやの前髪。



 か、かわいい!!



 その出来栄えに、僕は興奮してしまった。

 完全に、僕のタイプだ。



(TAMA、今度は翔也しょうやの顔を、咲綺さんの彼氏の顔と入れ換えてくれるかな)


(ハイハイ)



 画像がパッと切り替わるように、目の前に、翔也と人間の女の子風ルナの、カップルが出来上がった。合成とは思えないほど、自然だ。



 やったあ!!


 こんな楽しみ方もできるなんて、リアルアバターキャットは、なんて素晴らしいのだろう。



 せっかくだから、この姿のまま、別れ際にチュウ…とか、してくれないかな……、なんて。



 僕の期待は、高まった。

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