11 花咲かニャンニャンになるぞ!(1)

 題して、『黒猫をさがせ!』。……たいしたひねりも、ないけども…。あまり捻ると、猫翻訳も大変だろうしね。


 作戦は、シンプル。

 僕が桜の木に登って身を隠し、葉の隙間から顔だけを出して、病室内にいるあすかさんに見つけてもらうというもの。


 ここの桜の木は大きくて立派で、みきも枝もくねくねと複雑に絡み合っているため、移動がしやすい。ある程度上まで登っても、TAMAのアシストがあるから、下りられなくなる心配もないだろう。



 翌日。


 昨日と同じくらいの時刻に、病院中庭でルナと落ち合う。


「にゃあ(ごきげんよう、マメ)」

「みゃあ(ごきげんよう、ルナ)」


 ルナは足を弾ませ、首元の鈴をチリンチリンと意図的に鳴らすようにしながら、近づいて来た。

 僕も尻尾を立て、ルナに近づく。

 お互いに胴体をこすり合わせ、挨拶を交わす。


 いいなあ、この感じ。

 まるで、デートの待ち合わせみたいだ。


「にゃあ(マメ、待った?)」

「みゃあ(いいや、全然)」


 本当は15分くらい待ったけど、猫に正確な待ち合わせ時間は設定できないので、仕方がない。


 初デートのような甘い気分を味わいながら、僕たちは横に並んで、一緒に西病棟へ向かう。

 梅雨の時期が近づいてはいるけど、今日はまだ天気がよく、空も青い。



 あすかさんのお父さんが入院する、西病棟2階の病室窓には今日も、学校帰りのあすかさんが、目の前の桜の木をじっと眺める姿があった。

 室内の様子も、昨日と変わりはないみたいである。


「みゃあ(じゃあルナ、昨日話した通りの手順で、始めるよ)」

「にゃあ(任せて!)」


 好奇心旺盛な子猫のように、ルナのイエローグリーンの瞳が、キラリと輝く。


 まずはルナが、2階の病室の、窓まで向かう。

 ルナは1階部分のひさしや、側の雨樋あまどいパイプを使って、トントントンと軽快に上って行った。


 おおっ。

 さすがは、本物の猫。


 しなやかな体の動きと足のバネに、思わず見惚れてしまう。

 僕も傍から見れば、こんな感じなんだろうか。


 ルナが窓の外側まで来ると、あすかさんがルナに気付いた。しかしその姿を確認しても、表情はまったく変わらない。

 ルナが気を引こうと「ニャ~ン」と挨拶しても、二足立ちになってお腹を見せても、無反応の様子である。


 僕はルナがあすかさんの視界を遮っている間に、桜の木に登り、葉と葉の隙間から首だけを出してスタンバイした。


 動くと首元の鈴がチャリチャリ鳴るが、病室の窓は閉まっているため、おそらくあすかさんの耳までは届かないだろう。病室の窓ガラスは、防音効果が高い。


 鈴をチャリンと鳴らし、ルナにスタンバイOKの合図を送る。

 受け取ったルナが、両前足を下ろしてその場に伏せ、あすかさんの視界を広げた。


 初回は簡単に見つけられるよう、あすかさんから見て、真正面に来る場所を選んだ。

 その甲斐あってか、あすかさんはすぐに僕の存在に気付いた。しかしやはり、目が合っても表情は変わらない。


 まあそれは、織り込み済みだ。


 そこでチャリンと首の鈴を鳴らし、ルナに合図を送る。

 受け取ったルナが再び二足立ちになって、両前足を高らかに伸ばし、あすかさんの視界をふさぐ。


 僕は枝を伝って場所を変え、準備ができたところで、またチャリンと鈴を鳴らした。

 2回目もわかりやすいよう、初回の位置から1mほど右へ移動したところで、顔を出した。


 合図を受け取ったルナが体を伏せ、あすかさんの視界を広げる。

 あすかさんは、先ほどの場所から黒猫がいなくなっていることを不思議に思い、やや首を傾げた。しかし視線をゆっくり横へ移動させると、すぐに僕を見つけた。


 今度は目が合うと、わずかに口を開いた。


 チャリン。


 3回目は、少しだけ上に登る。

 あすかさんはまた不思議そうに首を傾げつつも、首を左右に動かし、顎を上げ、難なく僕を見つけた。


 4回目になると、こちらの意図を理解したのか、あすかさんは積極的に黒猫を探すようになった。


 おっ。

 いい感じになって来たぞ!


 5回目は少し、難易度を上げてみる。

 葉っぱの隙間から、顔を半分だけ覗かせた。


 チャリン。


 期待通り、発見されるまでには少々時間を要した。

 弱冠苦戦したおかげか、見つけた時のあすかさんの瞳には、それまでにない興奮が宿っていた。


 いい感じ、いい感じ。


 チャリン。


 ――……――――――


 チャリン。


 ―――……――――


 チャリン。


 ――――……――――


 チャリン。


 ―――――……―――


 何度も続けるうちに、あすかさんの表情には、明らかな変化が見られた。

 少しずつ、頬や口元が緩んで来ている。


 よし!


 10回目は、さらに難易度を上げ、お尻だけを密集した葉の隙間から出す。

 首を後ろへ回し、様子を窺うと、あすかさんは目論見通り、必至になって探していた。


 あまりにも時間が掛かっているので、尻尾を揺らしてヒントを与えると、ようやく目がこちらを捕えた。

 瞬間、表情がパッと明るくなる。


 いいぞいいぞ。

 もう一押しだ!


 そう思い、すかさず体の向きを変え、いたずらっぽくアッカンベーと舌を出す。

 するとそれを見たあすかさんの口角が、わずかに上がった。


 それは、初めて見せた笑みだった。


 やった!


 ぎこちなくはあるものの、あすかさんの両側の頬も、わずかに上がっている。これまでの無表情を思えば、大きな変化だろう。



 ………けど、まだ足りない。笑みだけでは、十分ではない。

 ほんのわずかな時間でもいいから、辛いことを忘れられるくらい、声を出して笑って欲しいんだけどな……。



 チャリン。


 ――……――――――


 チャリン。


 ―――……――――


 その後も、何度も何度も、場所や趣向を変えながら、隠れんぼを続けた。あすかさんは窓にへばりつくようにして、夢中になって僕を探した。

 けれど努力も空しく、表情がそれ以上、変化することはなかった。

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