6 人と触れ合うぞ!

 散策、2日目。


 初日の昨日は、無難に、病院敷地内をぐるりと散策した。


 地域密着型総合病院として構えるこの病院は、比較的規模が大きい。建物は『コ』の字に配置されており、北側にメインエントランスや外来診療受付、東側と西側に、入院患者のいる病棟がある。


 僕がいる小児科病棟は、東病棟の2階だ。

 病室は東向きで、駐車場に面している。

 駐車場の脇には、桜の木が立ち並んでおり、春には窓からピンク色の桜を楽しむことができる。



 今日は、建物に囲われた場所に位置する、病院の中庭まで足を運んだ。

 中庭にも桜の木がたくさん植わっており、他にも手入れされた木々や草花、休憩できるベンチなどがある。ちょっとした、憩いの場だ。


 午後3時を過ぎた今の時間帯、中庭には、散歩を楽しむ入院患者や家族らの姿が、ちらほら見られる。


 側のベンチにも、30代くらいの女性と、2歳くらいの男の子の姿があった。

 母親と思われる女性は、パジャマ姿にガウンを羽織っているので、きっとここに入院しているのだろう。

 他の親族の姿はないので、ひょっとすると、誰かが来るのを待っているのかも知れない。


 ちょっと、挨拶をしてみようかな。


 そう思い側まで向かおうとすると、なぜか一歩踏み出したところで、足が意図せずピタリと止まった。


(マメ。ナルベクなるべく チイサナコドモニハ小さな子供には チカヅカナイデネ近づかないでね


(え、そうなの? なんで?)


アンゼンジョウ ノ安全上の リユウヨ理由よ


(安全上…。そっか、わかったよ)


 言われてみればたしかに、TAMAがついているとはいえ、不測の事態に即座に対応できるとは限らない。

 小さな子供を、不注意で押し倒してしまったりしたら大変だ。

 納得して、やめにする。


 中庭には他にも、車椅子に乗ったおばあさんと、お孫さんと思われる若い女の子の姿があった。

 女の子は学校帰りのようで、地元の公立高校の制服を着ている。

 おばあさんに話し掛けながら、ゆっくり車椅子を押している。


 あの2人のところへなら、かまわないよね。


 足を向けても、とくに制止されなかったため、そのまま向かう。


(マメ。クルマイスニハ 車椅子にはキヲツケテネ気をつけてねトクニ シッポとくに尻尾


(了解)


 尻尾を踏まれたら、やっぱり痛いのかな…。

 そう言えば、ギャッと悲鳴をあげている猫を、見たことがある。



 さあ、ここからは、チュートリアルで学んだ成果の見せどころだ。

 さすがにTAMAも、感情表現にまでは介入して来ないだろう。


 ……まあ、もしジェスチャーが間違っていたら、ちょっとくらい修正して欲しい気はするけども…ね。


 でもミスだって人生…、いや、猫生びょうせい経験のうちだ。経験を積んでこそ一人いちにん…、いや、一匹いちひき前になれる。

 だから、間違いを恐れてはいけない。



(TAMA、もし僕の友好的な表現が間違っていたら、あとで教えてね)


リョウカイ了解ガンバッテネがんばってね



 よしっ。

 気合いを入れる。


 ひとまず、2人のすぐ側まで足を進めた。

 人見知りする性格ではないが、今は演技力が試されるだけに、少し緊張する。


 …なんか…、ドキドキするな。


 え……、と。


 まずは尻尾を真っ直ぐに立て、友好の気持ちを表現する。

 そしてそのままゆっくり2人の側まで歩み寄り、首をもたげ、半トーン高めの声で「みゃあ」と挨拶した。


「あらあら。かわいい猫ちゃんだこと。どこから来たのかしら」


 おばあさんが、反応した。

 嬉しそうな声。


 よし。つかみはOKみたいだ。


 さらに近寄り、車椅子の端に、頭から胴体にかけてをこすりつける。そしてもう一度、「みゃあ」となく。


「こんにちは、黒猫さん」


 おばあさんの顔に、優しい笑みが浮かんだ。


 よしよし。いい感じ。


 おばあさんの手が伸びて来て、胴体を撫でられる。

 シワシワの手で髪をとくように撫でられるのは、少しくすぐったい。


「わあ。猫ちゃん、かわいい」


 車椅子を押していた女子高生も、愛嬌のある僕に触れたそうに、側まで寄って来た。


 膝を抱えながらしゃがむと、まずは指先で顎の下をこしょこしょする。

 チュートリアルで学んだ通り、顎を前へ差し出すと、少し遠慮気味だった女子高生の手は、より深くまで入り込んで来た。

 そしてその手はそのまま頭上まで移動し、今度は頭が優しく撫でられる。


 こちらは肉球のように弾力のある若々しい手で、気持ちがいい。まるで頭を、マッサージされている気分である。

 思わずうっとりし、自然とまぶたがおりる。


 女子高生の気が済むまで撫でてもらい、そして手が離れるのに合わせて、目を開けた。



 するとその時ふと、視界の一部に、黒のベタ塗が現れていることに気付いた。


 ん? なんだ?


 見間違いかと思い、目をパチクリさせる。

 もう一度、じっと目を凝らして確認するも、どうやら見間違いではなさそうだ。

 黒い長方形の、的のような影。


  故障か?

  バグか、何かだろうか。



 ……いや、違う。


 次の瞬間、ハッとした。


 …こ…、これは……。



 そして、僕は気付いた。

 黒く塗られたその場所は、しゃがんだ女子高生のスカートの中、ということに…。


 TAMAは、プライバシー保護の必要性を判断すると、自動的に目隠しをかける。

 プライバシーの重要度に応じて、スモークだったり、黒塗りだったりするらしい。

 今回は、完全に見えない、黒塗りである。



 そっか。そりゃあ、そうだよね。

 ……でも…、ちょっと残念…、なんちゃって。





(マメ。アタマ ヲ頭を ナデラレテイタトキ ニ撫でられていた時に シッポ ガ尻尾が サガッテイタワヨ下がっていたわよウレシイトキニハ嬉しい時には ピン ト タテナイト!ピンと立てないと!


 2人から離れると、なぜかいつもより強い口調のTAMAの声が、脳内に響いた。


(マメ。デレデレ シチャッテデレデレしちゃって


 尻尾については、反省する。

 …けど、デレデレは、余計じゃない?

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