2 誕生日プレゼント

 コンコンと、病室の扉をノックする音がした。

 こちらが応答するよりも先に、扉は開く。

 僕も母も、誰が来たのかは察し済みだ。


 コツコツと、革靴の音が病室内に響く。



「父さん」

「翔也、遅くなって悪かったね」


 仕事終わりに来てくれた父が、スーツ姿のまま病室内へ入って来た。

 普段は休みの日にしか見舞いへは来ないけど、今日は誕生日だから、お祝いをしに来てくれたみたいだ。


 手には、大きなダンボール箱を抱えている。


「その箱は、何?」

「これは、翔也への誕生日プレゼントだよ。14歳の誕生日、おめでとう」

「本当? やったあ!ありがとう」


 プレゼントとは言うものの、キレイな包装紙もリボンも何も施されていない、ただのダンボール箱である。側面には、父の会社のロゴが描かれている。


 父はその箱を、移動式ベッドテーブルの上に置いた。



「あなた、プレゼントならもう少し、それっぽくしてくれたらいいのに」


 母が、不満げに文句を言う。


「ゴメン、ゴメン。時間がなかったものだからね」


 父はニコッと母に微笑みかけると、機嫌を取るように頬にキスをした。

 父は昔、祖父母の仕事の関係で長らく海外で生活した経験があるらしく、愛情表現が大袈裟…というか、豊かだ。いつでもどこでも、たとえ息子の前であっても、母にキスや抱擁をする。


 母は、「んもう」と呆れたように眉をしかめるも、次の瞬間には、愛情たっぷりの優しい眼差しで父を見た。


 見つめ合う二人。



 …まあ、もう見慣れた光景だから、気にはしないけどね。

 少しは思春期の息子のことも考えて欲しいかな、なんて、思わなくもない。


 両親がイチャつくのって、どうよ?



「…父さん、この箱、開けてもいいかな」

「ああ、もちろんだよ。翔也が気に入ってくれると、いいんだけど」


 父に手伝ってもらい、ふたの長い方と短い方を絡めて閉じただけのダンボール箱を開ける。

 

「…猫…の、ロボット?」


 中に入っていたのは、黒猫のロボットだった。鈴がついた、黄色い蛍光色の首輪をはめている。

 本物と見間違えるほどの精巧な造りで、毛並みまでもがリアルに再現されている。

 ロボットと知らなければ、ただの死んでいる猫と思うかも知れない。

 そのくらい、リアルである。

 

「うちの会社が現在開発中の、『リアルアバターキャット』だよ」

「リアルアバターキャット?」

「まだ実用化はされていないプロトタイプ試作品だから、翔也が最初の被験者だ。プレゼントとは言ったけど、実は翔也に体験してもらって、データを取ったり、感想を聞かせもらいたいんだよね」


 言いながら、父が箱の中から、ヘルメット型のデバイスを取り出した。


 父は介護機器メーカーで、開発担当のエンジニアをしている。

 おもに高齢者や体が不自由な人のための、サポートロボットの開発に携わっている。

 これは、介護とは少し趣向が異なる、新製品らしい。



「このヘルメット型デバイスをかぶると、お前の意識と五感が、このリアルアバターキャットへ入り込むんだよ。いわゆる、フルダイブってやつだね」

「…へえ、スゴいね。アバターにフルダイブなんて、仮想空間だけで楽しめるものだと思っていたよ」



 頭の中で想像すると、僕は自分の世界がはてしなく広がるような興奮を覚えた。

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