第8話 あなたの手は、まだ温かい
しばらく、海翔は来なかった。
毎晩のように聞いていたインターホンも、静まり返っている。
LINEも、未読のまま。
紗月はベッドの上でひとり、毛布を抱いて座っていた。
(……これで、よかったのかもしれない)
陽介が去り、海翔が一線を越えることもなく、
あの夜の“対話”で終わったこと――
それは、どこかで救いだった。
けれど、それと同時に。
(怖かった)
彼が自分のために怒ってくれたこと。
守ろうとしてくれたこと。
その“強さ”の裏にある“壊れやすさ”に、紗月は気づいていた。
(……私、また彼を“受け止める”ことを期待してる)
誰かに必要とされたい。
誰かの支えになりたい。
――それは、かつて陽介に“依存”されていた時と、同じ願望だった。
(私は、本当に変われてるの?)
日曜日の午後。
部屋の掃除をしていると、タンスの奥から古い封筒が出てきた。
中には、数年前の自分宛の手紙。
内容は、別れた直後の陽介からのものだった。
『本当は、君に依存してたのは俺じゃなくて、君のほうだ。
俺がいなくなったら、君は誰にも必要とされない人間だって、気づいてるだろ?』
破り捨てようとした。
けれど――
その文字が、ふと、今の自分にも突き刺さった。
(私は……海翔くんを、愛していた?
それとも、彼に依存することで、自分の価値を保っていただけ?)
目頭が熱くなる。
「……違う。
私は、彼の傷を愛してた。
彼の弱さも、強さも……私の中で、生きてた」
そう呟いたとき、初めて――
自分が“本当に彼を愛していた”ことを、
「守られる側」ではなく「守る側」になりたかったことを、
ちゃんと理解した。
(もう一度、会いたい。
でも今度は、ただ受け入れるんじゃない。
私から――手を伸ばしたい)
その夜。
彼女は、久しぶりに化粧をした。
ほんの少しだけ。
でも、それは“会いに行く”覚悟の証だった。
ドアの前でインターホンを押す。
沈黙が数秒続いたあと、扉が開く。
「……紗月さん」
海翔がそこにいた。
痩せた気がする。
でも、目の奥には確かな光が戻っていた。
「会いたかった。……ごめんなさい。
あなたに甘えてばかりで、
あなたの傷に、ただ寄り添ってるふりしかできてなかった」
彼は首を横に振った。
「俺のほうこそ……あなたを“救わせてくれる人”としてしか、見てなかったかもしれません。
それは、愛じゃなかった」
沈黙。
けれど、次の瞬間。
ふたりは、自然と手を伸ばし合った。
「……でも今は違う。
壊れててもいいから、一緒に歩きたいって、思ってる」
「私も。傷ごと、あなたを愛したい」
その手は、あのときよりずっと――温かかった。
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