第4話 返してくれない?──歪な執着はいつか本物になる
週の半ば。
夜のコンビニ帰り、紗月は路地で、ひとつの影に呼び止められた。
「久しぶりだね、紗月」
その声を聞いた瞬間、心臓が止まりそうになった。
「……陽介……」
彼は、昔と変わらぬ笑顔を浮かべていた。
けれどその笑みは、どこまでも薄く、冷たく――底が見えない闇のようだった。
「返してくれるって、言ったよね?」
「……何を?」
「お前の中にある“俺”をさ。
あれ、俺のもんなんだよ。
勝手に、誰かに重ねたりしてないよな?」
紗月は足がすくみながらも、必死に口を開いた。
「……私の中には、もうあなたはいない」
「そう言い切れる? だってさ――今、お前がハマってる男。
あいつ、俺と同じ匂いがするよ。
“優しく抱いてるつもりで、支配してる”タイプだ」
彼の言葉が、毒のように心に滲んでくる。
(……違う。海翔くんは、陽介とは違う)
でも、確かに、時々見せる目――
あの夜、首に手を伸ばしかけた時の、あの目を思い出してしまう。
「お前、わかってないよ。
あの手の男はさ、自分を“優しい”って信じてるからこそ、怖ぇんだよ」
陽介は笑った。
そして、紗月の肩に手を伸ばした――そのとき。
「その手、離してください」
低く、静かな声が響いた。
陽介が振り返ると、そこには海翔が立っていた。
スーツのまま、仕事帰りの彼。
けれどその目は、感情を押し殺した、氷のような冷たさを帯びていた。
「誰?」
「……ああ、“今のお前の男”か。なるほどな。目が面白い」
陽介はにやけながら海翔に近づこうとしたが、
次の瞬間、海翔の右手が陽介の胸元を掴んでいた。
「俺は、壊すために彼女に触れてるんじゃない。
壊さないために、毎晩怖くて泣いてるんだよ」
「……泣いてる?」
「そうだ。
あんたみたいに、自分の傷で他人を支配して喜ぶような人間とは違う」
その言葉に、陽介は一瞬だけ沈黙した。
そして、笑った。
「……なるほど。
じゃあ、見せてくれよ。
“本当に壊さずに愛せる”男ってやつをさ」
そのまま陽介は、闇の中に姿を消した。
その夜、紗月の部屋。
ふたりはまた、抱き合った。
でも、今日は違う。
強くもない。
激しくもない。
ただ、お互いが壊れないように、ゆっくりと触れ合った。
言葉よりも、体温を。
問いかけよりも、鼓動を。
「ありがとう、来てくれて……」
「紗月さんが、震えてる気がして」
「……怖かった。でも、今は平気。
だって……あなたの手は、ちゃんと温かいから」
その夜、ふたりの中で何かが変わり始めた。
狂気の淵に立ちながら、それでもなお愛を選ぼうとするふたり。
でも、まだ終わってはいなかった。
――次に壊れるのは、誰だ?
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