嘘つき夏

紫水ミライ

第1話 恋をしている

蝉の声。

赤い陽射しが包む青。

きっとどこまでも。

わたしは、君とならどこへでも行ける気がした。

たった一つ、たった一つだけを教えて。

君が吐いたあの言葉は、果たして優しい嘘だったの?

ただもう帰ってこない。

どんなに投げかけても、寂しげな静寂がこだまする。

――――わたしはとある同級生の男の子に恋をしていた。

その男の子の名は心人。

いつも不器用で、笑顔が眩しくて、ちょっと抜けてるところがある。

わたしは彼に恋をしている。

彼の時々見せるその仕草に胸が苦しくなって、心人君の事が好きなんだって分かっている。

それでもなかなか言い出せない。

もやもやしたままでクラスの中で過ごしていた。

ある日のこと。

オレンジ色の空が広がり、陽が沈みかける放課後だった。

心人君はこちらに歩き寄る。

彼の表情はいつもとは違った。

顔を赤くして、恥じらっている。

「心人君?」

わたしが不思議に思うと、心人君はもじもじしていた。

まさか、心人君はわたしのことが好き?

いやいや、そんなはずない。

一瞬でも期待してしまう自分を否定する。

まさかそんな事があるはずない。

それでも……もしこの恋が叶うなら……。

ちらりと心人君の方を見る。

心人君は顔を引き締め、肩を張らせた。

「あの! こ、今度! 一緒にカラオケ行きませんか?」

「えぇ!?」

つい驚く。

突然の出来事に動揺が生まれる。

嘘でしょ……そんな事ってある?

好きな人からカラオケに誘われるなんて、これはわたしの妄想の中だろうか?

心人君は自信なさげに話した。

「あの……そのね。えっと、その。ふ、二人でカラオケ行きたいんだ! 嫌なら無理にとは言わないけれど……どうかな?」

胸いっぱいに嬉しさが込み上げる。

好きな人とのデート、憧れていたものが叶ったみたいに歓喜の嵐が心の中で暴れまわる。

気付いた時には答えていた。

「ありがとう! 嬉しい! 心人君こそいいなら行きたい!」

たどたどしく、だが高らかに声をだす。

心人君はそんなわたしを見て、ほっと安堵の息を吐く。

「良かったぁ! じゃあ、後でメールで予定を決めるでいい?」

「もちろん! ありがとう、超嬉しい!」

その後、家に帰ってもその嬉しさは消えることがなかった。

夜はクローゼットから服を漁る。

何を着ていこう、どんなメイクがいいかな。

なんの歌を歌おう、どうしたら心人君に振り向いてもらえるかな。

なにより、あんなふうに誘われるなんて。

「デートじゃん!」

声に出して、ベッドに飛び乗る。

足をジタバタさせて、嬉しさにはしゃぎまわる。

でも、本当に誘ってくれたことが嬉しかった。

当日になるまで、色んなものを準備しよう。

そんな時、ピロン、とスマホの通知音。

開くと、心人君が待ち合わせ場所と日時の提案をしてくれていた。

『そんなに急がなくてもいいよ、ゆっくり決めても大丈夫だから』

そう打つと、心人君は素早く返信した。

『ありがとう。じゃあ、今週の土曜日、お昼の十二時に待ち合わせでいい?』

『うん、オッケー! ありがとね、ほんと楽しみ! ちなみにお昼はどうする?』

『昼ご飯は駅近くのハンバーガー屋で食べない? 他に案があったらいくらでも教えてね』

『オッケー! 色々ごめんね、わたしも行くのにそんな予定を任せきっちゃって』

『いやいや、こっちこそごめん。急に誘っちゃったし』

『いやいや、大丈夫だよ』

『ありがとう。じゃあ、何か急用や別の予定ができちゃったならいつでも言ってね。ではまた』

『うん、ありがとう。楽しみにしてるね』

やりとりが終わった。

胸の高鳴りは止まんない。

これが夢なら本当に覚めないでくれ。

そう願いながらベッドに潜る。

期待を抱きながら、眠りに落ちていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る