おじいちゃん、テンプレ詰め込み勇者に転生する ～孫の代わりに異世界行ってたら何故か最強ハーレムできてた件～

ルキア村（チュートリアル）編

第1話 転生！ぎっくり腰からの異世界スタート

「じいじー！　だっこー！」

　日曜の午後。陽だまりが窓から差し込み、リビングのカーペットに柔らかな四角い光を落としていた。

　テレビの前、ふかふかのクッションに腰を沈めていた榊 清太郎（さかき せいたろう／七十五歳）は、その声に振り向き、自然と頬をゆるめた。

　定年後の暮らしは、想像していた以上に穏やかで、そして満ち足りていた。

　孫娘の芽衣と遊び、昼寝をし、時々一緒におやつをつまむ。

　最近ではPrimeビデオやNetflix、dアニメなどを駆使して、今どきのアニメを追いかけるのが何よりの楽しみになっている。

「今季は異世界転生モノばっかりじゃのう……追放、ハーレム、スローライフ……流行りは巡るもんじゃ」

　録画リストも配信サービスの“あとで見る”も、未視聴タイトルで埋まっている。自他ともに認めるアニメ好きのおじいちゃん、それが今の清太郎だった。

「おうおう、今日も元気じゃのう、芽衣は……よいしょっと」

　立ち上がり、両腕を広げて小さな身体を抱き上げようとした――その瞬間。

「んぐっ……ッ!?」

　背筋を、鋭い痛みが突き抜けた。電撃のような衝撃が腰から脚へ走り、力が一気に抜けていく。

「あっ……う、動けん……！」

「じいじ!?　だいじょうぶ!?」

　芽衣の大きな瞳が、たちまち不安に揺れる。駆け寄ろうとするその姿に手を伸ばすが、右手は震え、指先は思うように動かなかった。

「おかあさーん！　じいじがー！」

　廊下に響く声が遠ざかっていく。清太郎の身体はふらりと後ろに倒れ、クッションの柔らかさに沈み込む。

（……すまんの、芽衣。せっかくの日曜じゃったのに……）

　意識が遠のく中、耳の奥で、かすかなサイレンの音が鳴っていた。

　◇　◇　◇

　目を開けると、そこは上下も奥行きも分からない真っ白な空間だった。

　無機質な光に満ちた空間に、ただ一人――うさ耳の少女が立っている。

「……うさ耳？」

「はい！　うさ神と申しますっ！　本日は異世界転生をご利用いただきありがとうございます！」

「えっ、転生ってことは……わし、死んだんか？　いや待て、転生ってサービス業なんか？」

　うさ神はペコリと頭を下げる。

「本来はですねー……お孫さんの芽衣ちゃんに、“召喚信号”を送ったんですが……」

「……ん？」

「それが……なぜかタイミング悪く、その光が――あなたの腰に直撃してしまいまして！」

「……は？　いやいや、ワシ、ぎっくり腰で倒れたんじゃろ？」

「はいっ！　その通りです！　でも実はそれ、召喚エネルギーによる物理的干渉だったんです！　つまり……不慮の事故です！」

「不慮ってレベルか！　孫と遊び、アニメを見て、満ち足りとった老後を――あんたのミスで終わらされたんかい！」

「……申し訳ありませんっ！！」

　うさ神は床に額をこすりつける勢いで土下座。耳までぺたんと垂れていた。

「ですが、あのまま進んでいたら、お孫さんが異世界召喚されていました！　精神的に未成熟な芽衣ちゃんが、戦いの渦に巻き込まれるところだったんですよ！」

　清太郎は、「無茶苦茶じゃないか」と思いながらも、しばらく黙っていた。

　――もし芽衣が、何の説明もなく異世界に連れ去られていたら。

「……まあ、孫の代わりなんじゃったら、しょうがないな」

　ため息をひとつ吐き、肩をすくめる。

「孫の代わりに転生。ふむ、それもまた、じいちゃん冥利に尽きるというもんじゃ。

　でも、なんで芽衣なんじゃ？　あんなちっこい子が、なんで異世界に飛ばされにゃならんのじゃ」

　問いに応じ、うさ神はぱちんと指を鳴らす。

　宙にモニターが浮かび上がり、そこには芽衣の写真と《素質判定：Sランク》の文字。

「芽衣さんには、この世界で“勇者の資質”が非常に強く備わってまして！」

「資質……？　あの子、まだ九九も言えんのじゃが」

「むしろそういう純粋無垢な魂こそ、適性が高いんです！　神聖スキルへの親和性、精神同調率、適応能力――どれをとっても過去最高クラス！　未来の超絶チート勇者候補ですっ！」

「……なんか知らんがすごい誉められとるな、芽衣……」

「でもご安心ください！」

　うさ神はぐっと身を乗り出し、びしっと清太郎を指差す。

「芽衣さんと同じ血を引くあなたにも、もちろん！　勇者の力が存在します。するはずです――たぶん！」

「……最後の“たぶん”が一番不安になるんじゃが」

「はい！　遺伝的にも、ご家族には適性が強い傾向があります！　ちょっと年齢の分だけ変換効率が悪いかもしれませんが、そこは補正しておきますので！」

「補正って……それができるなら、誰でもよかったんじゃ――」

「いえいえっ！　そんなことありません！」

　食い気味の否定と同時に、ぴょんっと耳まで跳ね上がる。

「テンプレ詰め込みパックを適用できるのは、“あなた”だけなんです！　安心してください！

　……ちょっとレベル1からのスタートになりますが、それもまた物語の醍醐味ですっ！」

「……で、ワシがその世界で何をせにゃならんのじゃ？」

「はい！　芽衣さんを異世界召喚から守ったことで、あなたには“代役”としての資格と責任が発生しました！」

「責任……のう？」

「はいっ。その世界の“崩壊の未来”を変える鍵となる少女たちに出会い、正しい選択を導くこと――それが勇者（あなた）に課せられた使命なのです！」

「……そりゃまた、やけに壮大な話じゃのう」

　少女――いや、うさ神のテンションは相変わらず高い。清太郎の戸惑いなどお構いなしに、パチンと指を鳴らす。

　目の前に、青白いステータスウィンドウが出現する。

【名前】榊 清太郎 → セイ

【年齢】21（肉体年齢）

【職業】テンプレ詰め込み勇者

【レベル】1

【スキル】生活知識大全／魔法知識大全／発想展開／世界法則書き換え／時間停止／運命介入／魅了体質／加齢無効／無限成長／強制ハーレム誘導／おじいちゃんの優しさ（ヒロイン全員好感度＋100）

「……なんじゃこのスキルのバーゲンセールは!?」

「異世界テンプレ、フルセットです！　さらに、最初の村にいるヒロインは“記憶喪失の奴隷少女”。その次は“ツンデレ騎士”、さらに“おっとり聖女”、温泉回も完備！

　ご都合主義展開も、もちろんおまけでつけちゃいます！」

「……テンプレというより、もはやパワーワードの詰め合わせじゃろ！」

「それがこの作品の仕様ですからっ！」

　どこまでも明るく言い切る少女の背後で、空間がぱきぱきと音を立ててひび割れ始める。

　次の瞬間、足元が崩れ――

「ぐああああああっ!?」

　まばゆい光の中、清太郎は絶叫しながら宙へと放り出された。

　◇　◇　◇

「――ッ!?」

　背中を地面に叩きつけられる衝撃で、意識が一気に冴えわたる。

　いや、そもそも眠っていたわけではない。ただ――体が、妙に軽い。

「どこじゃここは……？　草原……か？　空が……広い……」

　吐き出した声に、思わず自分で違和感を覚える。

　かすれた低音のはずが、若く張りのある響きになっていた。

「……って、ワシ……若返っとる!?」

　両手を握り開き、腹筋に力を入れる。引き締まった感触に息を呑み、足元の浅い水たまりを覗き込んだ。

　そこにあったのは、見知らぬ――いや、妙に整った若い男の顔。

「……しかも、このイケメン顔はワシじゃなかろう！」

　転生という言葉が脳裏をよぎる。

　吹き抜ける風は清々しく、陽光は肌を温め、草の香りがやけに鮮やかに鼻を満たしていた。

「……ふむ、やってやるかのう……とりあえず、追放系ではなさそうじゃ」

　苦笑まじりに呟いたその時――

「――きゃあああっ！」

　木立の向こう、草原の先から少女の悲鳴が響く。

　反射より早く、セイ――清太郎は身体を前へ投げ出した。

　草を蹴り、風を裂き、ただ声の主へ向かう。

　胸の奥がわずかに熱くなる。転生前にアニメで見た「勇者の初仕事」のような状況だ。

（これが……始まりか）

　走るほどに、自分の体の変化を思い知らされる。

　足が異様に速い。息は乱れず、視界は驚くほど鮮明で、耳は鳥の羽音すら拾っている。

（これが……転生後のわしの力か！）

　やがて茂みを抜けた先――

　泥にまみれた淡い銀髪の少女がいた。襟のほつれた粗末な布切れのような服をまとい、裸足の足首には錆びついた鉄の枷が鈍く光っている。

　その小さな身体を、粗末な鎧と曲がった剣を手にした三人の「モブ盗賊」が取り囲んでいた。

「おら、逃げんじゃねぇぞ、小娘！」

「素直に売られりゃ楽できたのによ……！」

　男の一人が少女の腕を掴もうとした――その瞬間。

「そこまでじゃああああッ！」

　怒声が草原を裂き、男たちが振り向く。

「……誰だ、てめぇは？」

「通りすがりの――転生勇者じゃ！」

「はぁ？　頭でも打ったか？」

「問答無用じゃ！」

　セイは地を蹴った。草が弾け、空気が裂ける。

　拳を振りかぶった瞬間、背骨を駆け抜けるような熱が走り――全身の血が、一気に拳へと集まった感覚。

　ドガァンッ！

　爆ぜるような衝撃音。盗賊の身体が弾丸のように吹き飛び、数メートル先で土煙を上げて沈んだ。

「……今の、なんじゃ……？」

　拳に残ったのは、ただ殴った感触ではなかった。

　振り抜いた瞬間、全身を何かが駆け抜け、そのまま爆発するように力が叩きつけられたのだ。

　この世界では、スキルや魔法が当たり前に存在する――しかも今の自分は、それを無意識のうちに発動できているらしい。

　一人目が沈むと、残る二人の盗賊は一瞬たじろぐ。だが、すぐに歯を剥き剣を構えた。

「てめぇ、やりやがったな……！」

「一発当てたくらいで調子に乗るなよ！」

　掛け声とともに、二つの影が同時に飛びかかってくる。

　セイは反射的に飛び退く――が、

（……っ、頭では分かっとるのに、体が追いつかん！）

　力はある。だが、この肉体はまだレベル1。速さも耐久もまだ足りない。

　避けきれず、剣先が左腕をかすめ、熱い痛みが走った。

「ぐっ……！」

　血がにじむ。それでも退く選択はなかった。

「《時間停止》……！」

　集中――しかし、発動まで一拍の遅れ。

　背後から迫る気配、振り下ろされる武器。

「もらったぁあああッ！」

　その瞬間、《時間停止》が発動し、目の前の男の動きがふっと途切れた。

　その空間の中でセイは盗賊の武器を逸らし、渾身の拳を叩き込んだ。

　男の時間が戻る瞬間、轟音とともに男の顎が砕け、宙を舞って地面に叩きつけられる。

「……あと一人！」

　左腕から滴る血は重く、呼吸も荒くなる。足が思うように動かない。

　最後の盗賊が短剣を抜き、猫のように低く腰を落とした。

「てめぇみてぇな英雄気取り……刻んで土に埋めてやるよ」

　踏み込み、間合いを詰める――だが、その一瞬の遅れが痛い。

　鋭い刃が肩をかすめ、熱が走り、鮮血が飛び散った。

「ぐっ……！」

　それでも拳を握り直す。逃げない。――逃げられない。

　脳裏に孫の笑顔が浮かぶ。

（負けるわけにはいかんのじゃ……！）

　その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。

【新スキル】

《威圧》：強い意志と殺気を瞬時に放ち、対象の動きを鈍らせる。闘志が高まるほど効果が上昇する。

（……なんじゃ、このタイミングで！）

　驚きより先に、身体が動いた。

　スキル《威圧》を込め、渾身の拳を突き出す。

　盗賊が一瞬たじろぎ――次の瞬間、轟音とともにその身体が後方へ弾き飛ぶ。背後の木に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。

　同時に、セイの膝も力を失う。

「……ふぅ……勝った……が、ギリギリじゃの……」

　草の上に膝をつき、左肩を押さえる。

　その前に、おずおずと小さな影が近づいてきた。

「だいじょうぶ……？」

「おう、多少な……いや、まあまあヤバいかもしれん」

　少女はセイの顔をじっと見つめ、視線をもじもじと揺らしたあと、ふわりと微笑んだ。

「助けてくれて……ありがとう」

　返事をする間もなく、少女はするりと背後に回り込む。

「……あのね、昔、誰かが言ってたの。こうすると、傷って早く治るんだって……」

　次の瞬間――ひやりとした感触が肩をかすめ、皮膚をなぞった。

「……ちょ、待――」

　ぺろり。

　舌先が傷口をなぞる。甘い草の香りと、生温い湿り気が混じる不思議な感覚に、セイは思わず叫んだ。

「なっ……お、おまっ、なにをしとるんじゃあああ！？」

　少女はきょとんとした目で振り返る。

「こうすると治るんだよ？　わたし、ニワトリで試したことあるから……」

「ニワトリとワシを一緒にするな！」

　そう言いながらも、痛みはみるみる引いていく。淡い光がじわりと傷を満たし、血は止まり、熱も消えた。

「……うそじゃろ……ほんまに効いとる……？」

　少女はほっとしたように笑う。

「よかった……まだ痛いところがあったら、教えてね」

　セイはしばし絶句し、深いため息を吐いた。

「まったく……ヒロイン枠、想像以上に天然やのお……」

　少女は回復に力を使い切ったのか、その場に身を崩すように眠りに落ちた。

　セイはそっと抱き上げ、近くの木陰へと運ぶ。

（まさか第一村人が……この子とはのう。しかも、奴隷か）

　足首には錆びた鉄の枷。誰かに売られ、見捨てられた過去を物語る証。

　それでも、眠る顔は穏やかで、泥に汚れてなお整った顔立ちをしている。きちんと手入れすれば、間違いなく“ヒロイン”と呼ぶにふさわしいだろう。

（……ふむ。テンプレ通りすぎて、逆に安心するわい）

　小枝を集め、小さな焚き火を起こす。ちらちらと揺れる火を見ながら、セイは草むらに目をやった。

「たしか……このへんに薬草があるはずじゃな」

　しゃがみ込み、地を這うように広がった葉を数枚摘み取る。脳裏に浮かぶのは――《生活知識大全（薬草の作り方）》という、やたらふざけた名前のスキル。

（ヒールグラス。止血と抗炎症に効果あり。すり潰して患部に塗布すれば、軽度の外傷を回復――）

　まるで教本をめくるように、手順が鮮明に思い浮かぶ。

　セイは薬草を小石の上で丁寧にすり潰し、火で温めた布に包んで少女の擦り傷へ当てる。包帯代わりの布をきゅっと巻き付け、手を離した。

「……よし。応急処置としては及第点じゃろ」

　夜が更けるころには、少女の顔色も少し戻り、穏やかな寝息を立てていた。

　◇　◇　◇

「……ん……」

　夜明け前。空が白み始める少し前、少女が目を覚ました。

　セイは火の番をしていたらしく、背を向けたまま声をかける。

「目が覚めたか」

「……あなたは……？」

　振り返ったセイは、思わず苦笑した。

「えっ……忘れておるのか？」

　少女は視線を落とし、申し訳なさそうに首を横に振る。

「……ごめんなさい。なんか……混乱してるみたいで……」

　セイは少し声を和らげた。

「なら仕方ないのう。ワシの名はセイじゃ。この世界ではそう呼ばれることになっとる」

　少女はしばらく考え込むように沈黙し、それからぽつりと呟く。

「……名前、思い出せないの。でも……“ミミ”って呼ばれてた気がする。やさしい声で」

「ミミ、か。ええ名じゃ。じゃあ、それで呼ばせてもらうかの」

　少女――ミミは小さくうなずいた。

　セイは立ち上がり、明け方の空を見上げた。

「さて――どこか村を探すとしよう。腹も減ったし、ギルドにも登録せねばな」

「ギルド……？」

「冒険者の集まりみたいなもんじゃ。転生ものといったらギルドじゃろう、そこからワシらの冒険が始まるんじゃ」

　ミミは、瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。

「……ありがとう。何言ってるか分からないけど、どこへでも、ついていくね」

　こうして、老勇者の第二の人生が幕を開けた――。

　────────────────

　▼ステータス情報

【名前】セイ

【年齢】21（肉体年齢）

【職業】テンプレ詰め込み勇者

【レベル】２（+１）

【スキル】生活知識大全／魔法知識大全／発想展開／世界法則書き換え／時間停止／運命介入／魅了体質／加齢無効／無限成長／強制ハーレム誘導／おじいちゃんの優しさ（ヒロイン全員好感度＋100）／威圧

【同行者】

　・ミミ（記憶喪失の少女／推定15歳）

　- 好感度：中（警戒心なし・親和性あり）

　- 能力傾向：回復系（未覚醒）／ヒーラー適性あり

　- 状態：枷あり・衣服ボロボロ・金銭なし（保護直後）

　- 補足：天然な癒し行動あり（舐めて回復）／名前は記憶の断片より