13話 帝都が凍るとき
吹雪が止み、灰色の空にわずかな日差しが差し始めた。午後の鐘が遠くで鳴り響く中、セレナはかつての華やかなドレス姿とは似ても似つかぬ黒いローブをまとい、銀色の髪を風に靡かせて帝都の入り口に立っていた。町の門前に立つと、賑やかな帝都の様子が目に入った。人々の笑い声、行き交う馬車、焼き菓子の香りが風に乗って漂う。
セレナの肩がわずかに震え、握りしめた拳に力が入る。胸の奥から憎しみが噴き上がる。寒さに凍え、飢えと渇きの中で命が消えようとしたあの時も、こうして賑わっていたのだろう。
リリスの天真爛漫な笑顔が浮かんでは消えた。頭では分かってはいるのだ。リリスの真実を知らなければならないと冷静になれと心の中で何度も自身を叱責する。
軋む心に、閉ざされた空間での飢えた日々の光景が鮮明に心に焼き付いていた。
”ひとおもいに殺して!”
と自死する事もできずにただ苦しみだけがあった日々を思うと、湧き上がってくる憎しみを抑えられなかった。
「駄目……やっぱり許せない!許せるわけ無いのよ」セレナは静かに呟いた。その時、頭の中に精霊の声が響いた。
『セレナよ、怒りにまかせて力を使えば、お前も代償を支払うことになる。理性を保ち、冷静に判断することが大切だ。』
その警告に一瞬躊躇したが、彼女の決意は揺るがなかった。「今さら失うものなど何もない。私が選ぶのは復讐だけ。欲しければ何でも持って行けばいいわ!ただし復讐の後よ!」と叫びセレナは足を一歩踏み出そうとして、ぴたりと止まった。
胸の奥に、冷たい何かが広がっていく。
心の奥底で先ほどの精霊の声がこだまする。復讐の炎に身を任せた先に、自分は何を手にするのか。リリスの笑顔が再び脳裏をよぎり、セレナの視界がかすむ。
息が苦しくなり、指先にまで力が入らない。ふと、かつてリリスと手を取り合って笑い合った記憶がよみがえり、その温もりが幻のように心を揺らした。ほんの僅かな迷いだった。
しかし次の瞬間、飢えに苦しみ、助けを求めた自分の声が誰にも届かなかった日々が、鋭い刃のように胸を貫いた。
その痛みに、幻は砕け散る。
セレナは唇を噛みしめ、そっと目を閉じた。そして
「……私はもう、戻れない」その言葉は自分自身に言い聞かせるようだった。
瞬間、帝都の通りが凍りつき、彼女の足元には冷たい風が渦巻く。空中に無数の氷の刃が静かに浮かび上がり、帝都を無言で睨み下ろしていた。セレナの瞳には、一切の感情がなかった。
「私がこの国を壊す理由を、誰もが知っているはずよね。」彼女は手を広げ、空気が凍りつき、鋭い氷の刃が放たれる。刃は生き物のように帝都の建物を貫き、道を削り、逃げる人々すらも容赦なく凍りつかせていく。
帝都は瞬く間に氷の世界へと変わり、絶望と恐怖が広がっていった。やがて、衛兵たちが慌てて武器を手に取り、セレナの前に立ちはだかった。しかし、彼女は一歩も引かない。氷の鎖が地面を這い、衛兵たちの足元を絡め取る。指を鳴らすと、鎖は凍りつき、衛兵たちは動けなくなった。
「止まれ!これ以上進めば命はないぞ!」と叫ぶ衛兵長の声も虚しく、セレナは冷ややかな微笑みを浮かべる。「愚かね……この私を止められるとでも思ったの?」再び氷の刃が輝き、衛兵たちは次々と凍りつき、倒れていく。
帝都は静寂に包まれ、セレナの足音だけが響く。彼女はゆっくりと城門へと歩みを進め、城を守る最後の兵士たちが必死に門を閉ざそうとするが、無力だった。氷の鎖が門を打ち砕き、城内へと冷気が流れ込む。
「私は進むだけよ」と呟き、冷気はさらに冷たく鋭くなっていった。
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