第6話 裏切りの果て 復讐の門
雪が深くなるにつれて、風の音も鋭さを増していた。
それでもセレナは立ち止まらない。むしろ、この極寒の孤独こそが心地よかった。
誰もいない。誰も、裏切らない。
(リリスは、助けてくれなかった。私がこの国に囚われている事はしっていたはずよ………)
思考が過るたび、胸の奥が焼けるように疼く。
あの血文字に込めた言葉は、絶望の中で振り絞った最後の声だった。
私の大事な妹、愛していた。信じていた。それが、愚かだった。
「もう、信じるものは必要ない」
口に出すことで、その感情に蓋をする。
今の彼女にあるのは、過去の清算。ただそれだけ。
――皇帝も、リリスも、民も。まとめて焼き尽くす力が必要だ。
そのためには、力が要る。常識に囚われた魔術師どもでは触れもしない“禁忌”の力。
人を呪い、世界を壊し、秩序を覆す“真なる魔”――。
(王家が恐れ、封じ、歴史から消し去った知識。それこそが、私の切り札になる)
感情に流されず、復讐のために最も合理的な手を選ぶ。
冷徹で、計算高く、だが確実に破滅へと手を伸ばしていく。
それが今のセレナだった。
視界の先、白銀に沈む山肌の中に、わずかに人工の影が見える。
――学院。
まだ崩れきっていない、封印された知の最後の砦。
そこに眠るものが、どれだけの力かは知らない。
だが、選択肢は最初からひとつしかなかった。
「私は……この世界に“呪い”を刻みに来たのよ」
かすかに口元が歪む。微笑とも、哀しみともつかぬその表情は、
人としての何かが、すでに壊れ始めている証だった。
雪に足を取られながら、彼女はただ、前へと進む。
誰にも知られず、誰にも止められず。
この世界の終わりを、その指先に刻むために――。
風雪を切り裂いて、セレナはついにたどり着いた。
雪に埋もれかけた石造りの門が、静かに彼女を迎えていた。
「……ここね」
扉は閉ざされていたが、周囲に微かに残る魔力の痕跡が導く。
かつて、ここに強大な魔術が行き交い、禁じられた学びが積み重ねられていたことを物語っていた。
セレナは手を翳し、術式を紡ぐ。
封印の魔力と共鳴するように、扉が低く唸りながら軋んで開いた。
その瞬間、冷気とは違う、圧倒的な“気配”が空間を支配する。
(これは……精霊の、気配?)
だがそれは、彼女が知るどの精霊とも違っていた。
まるで――怒りや憎しみ、あるいは怨嗟すら孕んだ“感情”が、直接セレナの胸に突き刺さってくるようだった。
「お前も、奪いに来たのか」
声ではない、“意識”が直接流れ込んでくる。
学院の奥深くに、長い間封じられ、存在すら忘れられていた精霊の主――
あるいは、かつて人に裏切られ、ここに縛られた存在か。
セレナは瞳を細め、ゆっくりと歩みを進める。
「違うわ。私は、奪いに来たんじゃない。真実を暴きに来ただけ」
氷の気配が、一瞬だけ揺れた。
「ならば、見せよ。その力と意志を」
そして、学院は再び沈黙に包まれた。だがその静けさの中には、確かに“目覚め”の兆しがあった。
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