第6話:餌と処罰 その4

「……は?」


 驚きのあまり、頼の口からこぼれた一言。


 足元に流れてくる、生ぬるい鏡屋の血液。


「鏡屋……さん?」


 声をかけても、返事はない。


 そこには、力なく倒れ伏す鏡屋の姿があった。


「はははははははっ! さっきまで僕のことをあれほど煽ってたくせに、一撃で死ぬなんて! その辺の羽虫でも、もうちょっと避けようとするさ!」


 朔音は倒れている鏡屋を指さし、腹を抱えて大笑いする。


「は〜ひ〜っ、笑いすぎて死にそう。いや、本当、ギャグセンスありすぎて、ひひひ……」


 その間、頼は一言も発さず、ただ黙って鏡屋の亡骸を見下ろしていた。


 やがて朔音が少し笑いを収め、頼へと視線を向ける。


「そこ、何をしてるのかな? 戦いはまだ終わってないよ?」


 挑発的な言葉。しかし、頼は反応を返さない。


 無視を貫く頼の態度に、朔音の額には怒りの血管が浮かび上がる。


「まさか、僕のこと無視してるの? それとも、あのBL彼氏が死んだのがショックすぎて、体も脳も動かせなくなっちゃったのかな? どっちにしても、僕を無視するのは大罪だって自覚ある?」


 そのとき――頼がようやく、ゆっくりと朔音の方へ振り向いた。


 その瞳に宿っていたのは、殺意と、煮えたぎる怒り。


「……殺す」


 低く絞り出すような声とともに、頼はワープホールから刀を取り出し、電気を手のひらに溜めていく。


 朔音は怒りに震える頼を、嘲るような目で見ながらつぶやいた。


「やっと返事をしたと思えば、その次が暴言。やっぱりその辺の能力者はマナーすらなってないんだね」


 次の瞬間――


 頼は雷を纏った刀を構え、閃光の如き速さで距離を詰め、朔音へと迫る。


 だが、朔音は動じることなく、片手を軽く上げてパチンと指を鳴らした。


 その音が頼の耳に届いた瞬間――本能が危険を察知し、咄嗟に体の前で刀を構え、受け身の体勢を取る。


「うっ……!?」


 直後、何もない空間から重たい衝撃が刀に叩きつけられた。


 その衝撃はあまりに強く、頼の体は大きく弾き飛ばされる。


(……何もないところからの衝撃?)


 冷静に状況を分析しながら着地を試みた瞬間、朔音は再度指を鳴らす。


 再び正面から激しい一撃が刀に加わり、頼の体はさらに遠くへ吹き飛ばされた。


「くそがっ!」


 頼は地面に刀を突き立ててようやく減速し、なんとか着地する。


「ははははっ! まるで猫に遊ばれるネズミのようだ!」


 朔音は見下すような視線を送りながら、楽しげに笑い続ける。


「うるせぇ……な……クソ野郎……」


 頼は再びワープホールを開き、刀を収めると、今度は拳銃を取り出した。


「近距離がダメなら……!」


 銃に電気を蓄え、すぐさま引き金を引こうとする。


「くくく……馬鹿だな」


 朔音は不穏な笑みを浮かべながら、低くつぶやいた。

 同時に、頼の銃口から電撃が放たれ、音速の勢いで朔音へと走る。


 しかし――朔音は一切動じず、再び指を鳴らした。


 ビシャァァァァァン!


 電撃は朔音の目の前で、まるで透明な壁に衝突したかのように弾け、虚空に消えていった。


「な……なんで……」


 その光景を前に、頼は言葉を失う。


 雷撃のほとんどが、朔音には通用しなかったのだ。


「さあ、もっと踊って見せてよ。忌々しい能力者くん」


 一方その頃――。


 神凪たちは、紙森 喰郎かみもり くろうと名乗る、骨ばった痩せ男と対峙していた。


「異能力撲滅協会? 私たちのこと、馬鹿にしてるつもり?」


 麗奈が鋭い視線を向けて問い詰めると、喰郎は異様に口角の上がった笑顔を浮かべた。


「馬鹿になんかしてないさぁ。異能力者は悪ぅ。 この世から消えるべき“餌”どもなんだよぉ。さあぁ……餌の時間だぁ!」


 喰郎は身体をくねらせ、恍惚とした表情を浮かべた。


 そのまま、突然に体をそらせる。


「“能力者”は別格なんだよなぁ。力が乗ってて旨みが凝縮されているぅ」


 そして、異様なブリッジの体勢をとり、自らの背後にできた影へと手を差し入れる。


 次の瞬間――グニュ〜という不気味な音とともに、手が影の中にめり込んでいく。


「あれは……何をしておるのだ?」


 レノーラが首をかしげると、アリアが額に冷や汗を浮かべて答えた。


「さあな……けど、やばいヤツが出てくるってことだけはわかる」


 喰郎の影から、角のようなものが生えた頭部が徐々に現れる。


「出てこい、酒呑童子しゅてんどうじぃ!」


 喰郎に引きずり出されるように、影から現れたそれは高く飛び上がり、地面に軽く着地する。


「しゅ……酒呑童子!?」


 芽衣が驚きの声を上げた瞬間、想鬼の顔が青ざめていく。


「……親……父?」


 その一言が発せられた直後、酒呑童子の姿がふっと掻き消えた。


「消え……」


 神凪がつぶやいた瞬間――


 酒呑童子は想鬼の目前に現れ、強烈な蹴りで彼を森の奥へと吹き飛ばす。


「うぐっ!?」


 想鬼は木々の中へと消え、酒呑童子はそのまま音速で彼を追う。


「想鬼!」


 アリアが叫んだと同時に、喰郎は今度は体を前に折り、自らの足元の影に手を差し込む。


「前菜の次は……やっぱりオカズだよなぁ」


 そして影から現れたのは、女性の頭部。六本の腕に、蛇のような下半身を持つ異形の存在だった。


姦姦唾螺かんかんだらぁ!」


「うわぁ!?なんだあれは!」


 レノーラが驚きの声を上げたその瞬間、姦姦唾螺は跳躍し、レノーラめがけて襲いかかる。


 レノーラは後退しながら手に、黒いオーラをまとわせた剣を生成し、姦姦唾螺へと振り上げる。


「おりゃ!妾の剣を受けてみよぉ!」

 カキン!


 姦姦唾螺も、蛇のような下半身を刃のように変化させ、応戦する。


「ニードルレイ!」


 その戦闘の最中、横からアリアの声が響き、鋭い閃光が姦姦唾螺を襲った。


「大丈夫かい?」


 いつの間にか自分の肩ほどの大きな杖を抱えたアリアは、レノーラへ心配の声をかけた。


「ふん!礼は言わんからな!」


 姦姦唾螺は素早く跳躍し、攻撃を回避すると、アリアとレノーラの二人を見据える。


 その間に、喰郎はまたも自分の背中へと手を差し入れ、何かを引きずり出そうとしていた。


「最後はやっぱり、口の中をさっぱりさせる吸い物だよなぁ」


 そうして喰郎が引きずり出したのは、成人男性ほどの大きさの巨大な剣と盾を携えた筋骨隆々の男。


「戦争の神――アレスだぁぁ!」


 ゆっくりと影から一歩踏み出した“アレス”と呼ばれた男を麗奈は無言で睨みつける。


 次の瞬間、アレスは剣を高く振り上げ、麗奈に向かって斬りかかった。


 その一撃は、重たい剣のそれとは思えぬ速さ――まるで短剣を素早く振るったかのような速度だ。


 麗奈は即座に正面にのみ結界を展開し、攻撃を受け止める。


 その衝撃で周囲に風が巻き起こる。


「速さの割にすごい重さ……」


 ギチギチと軋む音を立てた結界は、数秒と保たずにパキン、と砕け散った。


 麗奈は辛うじて横へと跳び、回避する。


 アレスは無言のまま、ゆっくりと麗奈へと顔だけを動かし向ける。


 その瞬間――まるで鬼のような形相を浮かべ、剣を横薙ぎに振るい、再び攻撃を仕掛けてきた。


「今度は私か。いいよ、やってあげる」


 麗奈はアレスの攻撃をジャンプして避けると、堂々と構えたままそう告げた。


 アレスは何も答えず、盾を構えるとそのまま突進する。


 一方、周囲で仲間たちがそれぞれの敵と戦い始めたのを見て、神凪は喰郎へと視線を移した。


「これが狙いだったの?」


 喰郎はとぼけたように首をかしげる。


「なんのことだかぁ?」


 神凪は手のひらに炎を宿しながら、鋭い視線を向ける。


「私と一対一で戦うのが目的だったんでしょ。答えて」


 喰郎はまたも異様なほどに口角を持ち上げ、不気味な笑みを浮かべる。


「さぁ? 僕にはわからないなぁ」


 そう言うと、今度は両腕を広げ、声を張り上げた。


「この世は能力者であふれているぅ! さっき僕が呼び出した連中も、こんな現実にうんざりして、あいつらを狙ったのかもしれないなぁ!」


 すると、喰郎の背後にできた影が脈打つようにうごめき、そこから何かが這い出そうとし始める。


「例に漏れず、僕もお前らみたいな能力者は大ッ嫌いさぁ! だからぁ――」


 影は徐々に形を取り始め、蛇のような胴体に、九つの頭部が形成されていく。


「その中でも、異能力の原種にあたるお前だけは……俺が殺さなきゃ、ダメなんだよぉ!」


 やがて、背後に姿を現したのは、3階建ての家ほどの大きさをも越える巨大な九つの首の怪物。


八岐大蛇やまたのおろちぃ! それじゃあ、いただきま〜すぅ!」


 喰郎は異様に長い舌で、ねっとりと舌なめずりをした。

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