第4話:百足 その4
神凪と別れた後、頼は加奈子と共に屋敷付近の森を駆け抜けていた。
その視線の先には、人間の上半身ほどもある巨大なムカデが、地を這うように逃げている。
「おい! 逃げんな!」
頼が叫ぶが、ムカデはすばしっこく、なかなか追いつけない。
「なんであんなに速いのかしら……」
ハイヒールを履いているにもかかわらず、全速力の頼についていけている加奈子に、頼は内心ツッコミを入れたくなったが、今はそれどころではない。
「こうなったら……!」
頼は走りながら呟く。
「スキル、ワープホール」
その瞬間、頼の手元にホールが出現し、銃が現れる。
「え!?何よそれ!銃!?」
加奈子が驚くが、頼は冷静に答える。
「ええ。でも、安心してください。これは――」
頼の手元が光り、ピチピチと火花が散り始める。火花は銃へと移ると、銃口をムカデに向け、引き金に指をかける。
「レプリカなんで」
引き金を引いた瞬間、銃から雷を帯びた弾が発射され、ムカデの尻辺りを吹き飛ばす。これは頼の「雷神の力を使うことができる」能力によるものだ。
だが、ムカデはすぐに体勢を立て直し、スピードを落とすことなく再び走り出す。
「マジかよ! 全然効いてねーじゃんか!」
その時、加奈子が何かを思いついたように頼に耳打ちする。
「頼君、………」
加奈子の作戦を聞いた頼は一度頷く。
「それで行きましょう。よく聞く作戦ですが、アイツには知能がないので通じるかもしれません」
加奈子は「わかったわ」と一言いい、左手の方へと走っていく。
頼は反対に右手側に走り、ムカデへ弾を打ち込む。ムカデはそれを避けるように左の方へ徐々に傾いていく。
それを5回ほど続けたころ、いきなりムカデの目の前に数珠のバリケードが現れる。大きさはそこまで大きくはないが、突然現れたためか、ムカデは急に止まることができず、数珠のバリケードへと突っ込んでいく。
数珠がムカデの体を縛り付けると、目の前に加奈子が現れる。
「うまくいったわね。私もよく影しか見えない中で成功できたものだわ」
すると後ろから頼が走り込んでくる。そして頼が咄嗟に叫ぶ。
「離れてください! 加奈子さん!」
加奈子はすぐにその場から離れると、頼は今度はホールから日本刀を取り出し、電気を溜める。
そしてムカデの頭を的確に狙い、雷を纏った刀を横に振る。
「おりゃぁぁ!」
刀はムカデの頭を真っ二つに切り裂き、吹き飛ばした。
頼はムカデの死骸を数珠から外そうと手を伸ばした。そのとき、数珠の一部が切れていることに気づき、慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 弁償しますので……」
頼の謝罪に、加奈子は柔らかく微笑んだ。
「いいのよ、顔を上げて」
彼女は数珠をそっと撫でながら、懐かしむように語り始めた。
「これは、夫からもらったものなの。もらったとき、彼はこう言ったわ」
加奈子の脳裏に、夫が微笑みながら数珠を手渡してくれた日の記憶が蘇る。
『これで目に見えぬ者たちから人々を守るんだ。幽霊のことを信じない奴らでも、我らを馬鹿にするような奴らでも。見えるというごく一部の人にしかできないことを、お前がやるんだ』
「……なんてね。今思えば、ただカッコつけたかっただけかもしれない。でも――」
加奈子は絡まった数珠を手慣れた様子で解きながら、静かに続けた。
「あの言葉が、私を勇気づけてくれた。これでお金を稼ごうとか、思えるくらいには。だから、きっと、誰かを助けるために壊すくらい、夫は許してくれるわ」
彼女の目には、薄らと涙が浮かんでいた。
頼は視線を外し、静かに言葉を紡ぐ。
「……良い旦那さんだったんですね」
頼はふと思った。普通の人には見えないものが自分には見えてしまう。そのことを気味悪がられ、隠して生きる辛さ。そんな中で、自分を信じ、支えてくれる人の存在がどれほど大切か。加奈子にとって、夫はまさにそういう存在だったのだろう。
しかし、その支えを失ったときの恐怖は、計り知れない。
頼は森の中へ差し込む光の方へと歩き出した。
「神凪と合流しましょう。ここでのことを伝えないと」
「ええ、わかったわ」
頼は後ろからついてくる加奈子に振り返り、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。
「きっと、あなたにとっての旦那さんの代わりなんていないと思います。でも――」
彼の瞳は、純粋な想いを湛えていた。
「俺たちでよければ、いつでも支えになりますよ。同じ“見える者”同士として」
加奈子はその言葉に、優しい笑顔で応えた。
「ありがとう、頼君」
森を抜けると、ちょうど神凪が屋敷から出てくるところだった。
「よっ、倒せたか?」
神凪は一息つきながら尋ねる。
「まあね」と、軽く返す。
「頼こそ、ちゃんと倒せたのかい?」
神凪がからかうように言うと、頼は胸を張って答えた。
「もちろん、加奈子さんと協力してぶっ倒したぜ」
「ほお〜、ようやった、ようやった。褒めて使わすぞ、頼よ」
「なんで上からなんだよ……」
神凪が周囲を見渡しながら、頼に問いかけた。
「ねえ、本当に全部倒したの?」
その問いに、頼はきょとんとした表情を浮かべる。
「え?いや、もういないだろ。気配だって……あれ?」
頼は何かの視線に気づくと同時に、もう一つの異変に気づいた。
「なあ……加奈子さん……いなくね?」
なんと、加奈子がその場から姿を消していた。
「何言ってんの〜、そんな、すぐいなくなるわけ〜……って、本当にいないじゃん!」
頼と神凪はすぐさま周囲を探し始める。
そのとき、茂みの中へと駆けていく加奈子の姿が神凪の視界に映った。
「あ、いたぁ〜!」
二人は加奈子を見つけると、すぐに走り出す。
「加奈子さ〜ん、待ってぇ!」
「あそこって、視線を感じた場所だよな!」
頼の言葉に、神凪は慌てて反応する。
「マジじゃん!なら、余計に危ないよ!」
少し森に入ったところの茂みで、加奈子がちぎれた数珠を持ち、それを叩きつけようとしている姿があった。
「待ってぇ!!」
神凪は振り上げた加奈子の腕を咄嗟に掴む。
「やめてちょうだい!私もこの手で夫の仇を取りたいの!だから一体くらい!」
「いや、キャラいきなり変わりすぎだろ!」
頼が咄嗟にツッコミを入れる。
神凪は茂みの中へと視線を移す。そこには、16歳ほどの少女の下級霊が蹲っていた。
「多分、この子、今回の事件には関係ないですから!だから、やめて!」
神凪が止めようとするが、加奈子は抵抗を止めない。
「やめて!ずっと神凪ちゃんのところまで行くときに視線を二つ感じてたの!絶対こいつがその視線の一つよ!だから、止めないで!」
神凪は「あ〜もぉ!」と嘆き、声を上げる。
「頼!加奈子さんの腕持って!」
「え!?」
神凪は咄嗟に頼と場所を交代する。
「頼君、やめて!」
加奈子の叫びに、頼は「ごめんなさい!」と叫び返す。
すると、神凪はいきなり下級霊の少女の腕を掴み、咄嗟に走り出す。
「え、ちょ、どこに行くのよ!」
加奈子の言葉を無視し、神凪は山を降りる道へと走っていった。
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