14. お互い挨拶からはじめよう



 先に攻撃を仕掛けてきたのはリンダの方だった。


「喰らうっす――!」


 大きく振り上げて、炎を纏った斧刃を叩きつける。

 俺はそれを飛びのいて避ける。周辺に飛び散る濃厚な炎熱の魔力。

 跳ね上げるように逆袈裟の一撃。

 これはかがんでかわすーーあっち、頭の天辺の髪の毛がチリッて焼けたぞ!


「将来ハゲたらどうすんだてめえ!」

「それが運命だって受け入れるッス!」

「お前それ、今この瞬間にも懸命に毛根育成に情熱を注いでいる全国一億五千万人のおっちゃんたちに言ってみろよ! あと俺はハゲん!」

「男の人はみんなそう言うッス。現実から目を反らすことの不毛さを教えてあげるのも優しさッスよ!?」

「そんな優しさ要らねぇよ! 目を反らさずに闘わなきゃ、現実と!」


 あと壁際に立つマスターがなんか遠い目で自分の頭触ってる。言葉の流れ弾が命中したらしい。


 さておき、今問題としなければならないのは、目の前で斧槍ーーいや、斧矛振り回している【野良犬リンダ】の方だ。


「全く、ちょこまかと……大人しくぶった切られるッス!」

「いやだよ!」

「腕の一本や二本、切られたところで――何か新しい世界に目覚めるかもしれないッスよ!?」

「倒錯し過ぎだろ!」


 炎熱の斬撃と突きを交わして、一瞬だけ銃口を向ける。発砲はしないーーだがそれだけでも随分な牽制になる。

 一方的に攻撃を避けてばかりの俺が未だ無事なのは、要所要所でリンダの動きに邪魔を差し込んでいるお陰だ。あと今日初めて手にしたばかりの武器、扱いなれていないという点も大きい。

 心得が無いというか、本来はショートソードか何かを扱うのがリンダの本来の姿なのだろう。


 俺はといえば、どちらかと言えば前に突っ込んでいって手数で制圧するのが対人戦の際の動きなのだが。

 ううむ、しかしそれをするのに慎重になってしまう。

 今の俺の武装といえば左手の拳銃と腰に差したままの【皇魔剣】なのだが。

 この【皇魔剣】を抜いて、一体に何が起きるのか全く予想がつかない。

 

 いや武器抜いて襲い掛かってきた以上リンダに非があって、俺が例えこの場でリンダを害してしまっても非難される謂れはないんだが。

 なんというか、リンダの殺気が薄いんだよな。

 無いわけじゃないけど、本気度が低めというか。真剣を用いての稽古みたいな。ケガとかしてもお互い文句なしね、くらいの感じ。

 

 俺も、そしてリンダもそれなりの実力を持っているってのはこの数回のやり取りで互いに理解した。

 その上でまだ本気を出さないっていうのはーー


「なぁ、どこまでやるつもりなんだ?」


 一歩踏み込みながら訪ねる。

 新しい武器の間合いにまだ慣れていないリンダは一歩半後ろに下がる。

 牽制で銃口を向ける。

 撃たないとわかっていても、向けられた銃口から弾丸が飛び出したらケガを負う以上、リンダは回避せざるを得ない。

 そして行動が半秒遅れる。その時間差を利用して俺がまた少し有利な位置を取る。


「うーん、それなんスよねぇ」


 このままだと三手後、致命的な隙を晒すことになるリンダが大きく距離を取った。

 野良犬ね。

 戦闘技術は殆ど我流で磨いたのかな。それでもここでバックステップを選べるのは良いセンスだと思うぜ。


「そもそもなんで襲ってきた? その割にはやる気がなさそうだし」

「それもなんスよねぇ」


 ヒュン、と斧槍を振り回し、カツンと柄を地面に突き立ててリンダが首を傾げる。


「『勇者の心得』とかいう講習を受けていたら、なんか神官さんが飛び込んできて、アレックスさんたちを捕まえてきてくれなんて言うし。あたしはあたしで冒険者活動を制限されるのヤなんで、」


 チラリとマスターの方を見る。


「ツテ使って外に逃げようと思ったら、アレックスさんたち来ちゃったし。どうしようかなってなって」

「なるほど、それで」


 その中途半端な戦闘か。


「それでとりあえず、襲ってみてから考えようって思って」


 前言撤回。

 こいつ、さては野良犬じゃなくて狂犬とかそっち系の方でござるな?

 

「でもいざ襲い掛かってみたらなんか武器は扱いづらいし、アレックスさんはいまいち本気出してくれないッスし、そっちのメイドさんは摘まみ食いで手を出したらヤバそうッスし。かといって二人同時に相手はできそうになさそうッスし」


 ラデさんの方ちらちら気にしていたのはそういうことかい。

 俺もラデさんの底を知ってるわけじゃないけど、少なくとも俺と一緒に片手間に相手できるほど浅くはないだろ。

 特に今はメディナを背負ってるんだし手加減はしてくれないよな。


 互いに距離を保ったまま、円を描くように暗渠の中を歩く。

 言葉を交わしながらも襲い掛かる隙ときっかけを探る。


「使い辛い、ね。俺も覚えがあるよ」


 三年前、初めて【風の聖剣 颱嵐刀】を手にした頃のことだ。

 同じ刃物でも、太刀とそれまで使っていたロングソードでは扱い方がまた違ってくる。

 刃の立て方。手首の返し方。敵の攻撃の受け方。全部違ってくる。

 颶風操作という特殊能力と併せて持て余していた。


「強力な武器であるという以上に、こいつらーー【聖魔八絶】は、もっと自由に扱っていいんだって気が付くまで、随分苦労したよ」  


 右手を、腰の後ろに回す。

 リンダが警戒を最大限に引き上げるーーそれを左の拳銃で牽制。

 チリチリとした魔力の振動を感じる。


「【皇魔剣】ーーこの場を収めたい。力を貸してくれ」


 俺がそう告げながら軽く力を込めると、やれやれ仕方ないご主人様(仮)ですね、というように【皇魔剣】が鞘から抜ける。

 ってか(仮)ってなんだよ。

 俺は持ち主ではあるが、使い手としてはまだ正式に認められていないらしいーー多分メディナも。


 まぁしょうがないか。

 腹立たしい気分は全く起きない。

 とりあえずお互いに挨拶からはじめよう、それが人間関係の基本ってもんだろう。

 いや、人剣関係……? まぁいいや。 

 

「ーーーなんっ、それ……ッ、なんスか!?」


 片手半剣。

 やや幅広のバスタードソード。

 それが皇魔剣の姿だった。

 だがそれも、きっと(仮)なんだろう。

 俺が想うほどきっとこいつの姿は変わってくる。

 今はこれでいい、これがいい。


 だがリンダが驚いたのはそこじゃない。


「なんスか、そのバカげた魔力量は!?」


 目を見開き、驚いている。

 マスターもラデさんも、酔いつぶれていたメディナでさえ驚きに目を覚ましてしまっていた。

 俺の中に流れ込んでくるイメージ。


「……そうか、それがお前の能力か」


 とりあえずは。そう俺にだけ聞こえる。


 下から逆袈裟に、皇魔剣を振るう。

 その一閃はリンダに全く届かない位置で振るったにもかかわらず。


「え」


 距離も時間も関係なく、その直線上にあるものを切断する。

 リンダの背後の壁が。

 その向こうの民家が。

 空気が。風が。

 更に向こうの雲も、大気も、すぱりと断ち切る。

 

「……え? な、なんでッスか……?」


 リンダが間抜けな声を発した。

 背後を振り返る。確かに斬撃がリンダの身体を真っ二つにしたはずだ。

 だがペタペタと自分の腰やら胸やらに手を当てても、そこには傷一つない。


 そして俺はというと。


「やっべ。やり過ぎた」


 ゴゴゴゴと倒壊する大神殿の尖塔部分を遠くに眺めながら、冷や汗を流していた。



 


 ・・・



 ゴゴゴゴ、と音を立てて建物がズレるという、物語の中でしか起きないような現象が、まさに目の前で起きている。

 やがて物理学と重力の定めに従い、斜めに断たれた大聖堂の上部三分の一程が地面に落ちて轟音とともに砂埃を巻き上げて周囲に広がった。

 それを彼女は、面白そうに眺めていた。


「あらあら。真なる魔王様というのは、思いのほかヤンチャな方なのかしら」

 

 見上げる先で自室の天井がズレて行って、夜空が見えるようになるというのは中々体験できるものではない。


「聖女様! 聖女シオン様ーーッ! ご無事ですかーー!?」


 遠くから神官たちが慌てふためく声を他所に、聖女と呼ばれた彼女は楽しそうに夜空を見上げ、やがて小首を傾げた。


「困りましたわ……雨が降ってきたら、どうしましょう」

 

 後に判明することだが。

 この『神都切断事件』と呼ばれる事件にあって、人的な被害は殆どゼロだった。

 高級宿に泊まっていたどこぞの公爵家令息が慌てふためき、切り落とされた床に気が付かずに下階に落ちて足首を捻挫しただけとされている。






 

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